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吏部 りぶli-bu; li-pu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

吏部
りぶ
li-bu; li-pu

中国の官制尚書省六部の筆頭。文官人事を握り,封爵栄典勤務評定などを司った。『周礼』にある天官大冢宰 (ちょうさい) の後身と考えられており,長官-尚書,次官-侍郎判官-郎中・員外郎などで構成される。中国では官吏の人事を行政のなかで最も重視したので,吏部は他の5部より一段高く位置づけられた。唐代は尚書省の左僕射 (ぼくや) に属したが,明代以降天子に直結。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吏部
りぶ

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の吏部の言及

【六部】より

…中国,唐代から清末まで中央行政を分掌した吏,戸,礼,兵,刑,工の6官庁の総称。吏部は文官の人事,戸部は財政,礼部は祭祀と教育,兵部は軍事と武官の人事,刑部は司法,工部は土木に関する政務をそれぞれ担当した。魏・晋以後,中央行政機関となってきた尚書省は,5曹ないし6曹の分曹をもち,それらの曹名にも変遷があったが,唐代にいたって吏,戸,礼,兵,刑,工の六部とした。…

【式部省】より

…ついで731年(天平3)11月,これまで式部省が扱っていた武官庁の医師や左・右馬監の帯杖する馬医の評定・叙位,武官の解任にかかわる職務を兵部省に移管したのは,8世紀初めごろの式部省の人事範囲が広かったことを示している。また唐名を吏部(りほう)とよび,758年(天平宝字2)8月から764年9月まで,唐風に文部(ぶんぶ)省と改称された。広く文官全般の人事関係を取り扱う職責の重さから,卿には,のちに政府首班の座についた長屋王,藤原武智麻呂(むちまろ),同仲麻呂,同是公や,政界に実権を振るった藤原百川(ももかわ),同種継など,有力官人が就任した例が多い。…

※「吏部」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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