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仏光寺 ぶっこうじFo-guang-si

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

仏光寺
ぶっこうじ
Fo-guang-si

中国,山西省五台県豆村鎮の北 5kmにある寺院。北魏の孝文帝の創建と伝えられる。会昌の廃仏にあって,伽藍が壊滅したのちに再建されたのが現在の大殿。大殿は殿前に建つ経幢 (きょうどう) の刻文,梁銘などによって,唐の大中 11 (857) 年に建てられたことが確認された。内部には 30体もの仏像と五百羅漢像が安置されている。

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デジタル大辞泉の解説

ぶっこう‐じ〔ブツクワウ‐〕【仏光寺】

京都市下京区にある真宗仏光寺派の本山。山号は渋谷(汁谷)山。寺伝では建暦2年(1212)親鸞(しんらん)の開創とするが、一説には、正中元年(1324)に仏光寺7世の了源が山科の興正寺を改称して渋谷に移したものともいう。天正14年(1586)現在地に移転。

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百科事典マイペディアの解説

仏光寺【ぶっこうじ】

京都市下京区新開町の真宗仏光寺派本山。1212年親鸞の開基。初め山科にあり,興正寺と称したが,1320年7世了源が京都市中に移し,後醍醐天皇は仏光寺と改称,足利尊氏の祈願所となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぶっこうじ【仏光寺】

京都市下京区にある真宗仏光寺派の本山。渋谷山と号する。寺伝によれば,1212年(建暦2)流罪を許された親鸞が越後から上京,山科に一宇を建て興隆正法寺の号を賜り,略して興正寺と称したという。しかし《存覚一期記》には,1324年(正中1)7世了源が山科に一宇を建て覚如が興正寺と命名,のち了源は寺を洛東渋谷(しぶたに)に移して仏光寺と改めたという。ここを拠点に了源は布教に尽力し信者の組織化につとめ,当時農民の地縁的自治組織であった惣(そう)を真宗門徒の組織に導入して念仏者の惣を結成し,衆議に基づく教団の運営を図った。

ぶっこうじ【仏光寺 Fó guāng sì】

中国,山西省五台県豆村付近にある仏寺。北魏時代の創建と伝え,唐代初期に再興されて五台山十大寺の一つに列した。伽藍は西向きの斜面に3層の段状配置をとり,西端南側に支殊殿,東の高所に大殿と祖師塔などが立つが,中間にあったという弥勒閣は失われた。大殿は唐の857年(大中11)の再建になり,間口7間(34m),奥行き4間(約18m),寄棟造の建物で,現存する数少ない唐代木造建築のうちでも代表的な遺構である。

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大辞林 第三版の解説

ぶっこうじ【仏光寺】

京都市下京区新開町にある真宗仏光寺派の本山。山号、渋谷山。1212年親鸞が京都山科に一宇を創建、興隆正法寺(略して興正寺)と称したと伝える。のち山科から京都渋谷に移し仏光寺と改称。一時は本願寺を圧倒する勢力を誇った。1586年現在地に移る。 〔「存覚一期記」では1324年七世了源創建と伝える〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

仏光寺
ぶっこうじ

京都市下京(しもぎょう)区新開町にある真宗仏光寺派の本山。渋谷山華園院(じっこくざんけおんいん)と号する。本尊阿弥陀如来(あみだにょらい)。寺伝によると、1212年(建暦2)親鸞(しんらん)の開基。親鸞の高弟源海(げんかい)が真宗興隆のため根本道場を開創することを師に請い、その許しを得て京都山科(やましな)の地に建立を企て、1214年(建保2)に完成。1218年順徳(じゅんとく)天皇から興正寺の寺号を受け、源海は親鸞、真仏を継いで第3世を称したという。一説には、1324年(正中1)の創建といい、また、もと西洞院(にしのとういん)華園の地に一宇の堂があって、真仏はじめその門流がこれを守っていたが、了源のとき寺基を山科に移して興正寺と名づけ、さらに仏光寺と改称して洛東(らくとう)渋谷に移したという説がある。了源は仏光寺第7世で、足利尊氏(あしかがたかうじ)や後醍醐(ごだいご)天皇の庇護(ひご)を得、また各地を教化(きょうげ)して寺基は大いに栄えたので、中興の祖と仰がれている。豊臣(とよとみ)秀吉のとき現在地に移った。現在の堂宇は明治以降のもので、本堂(阿弥陀堂)、大師堂、茶席寒雲亭、鐘楼、書院などがあり、本尊木造阿弥陀如来像、木造聖徳太子立像(国重要文化財)など宝物がある。[瓜生津隆真]

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世界大百科事典内の仏光寺の言及

【興正寺】より

…山号は円頓山。7世了源のとき興正寺と称し,のち仏光寺と改称。14世経豪は1481年(文明13)門徒の大部分をつれて本願寺蓮如の傘下に入り,旧号の興正寺を称し,名を蓮教と改めた。…

【寺院建築】より

…唐,782),広仁王廟大殿(山西省芮城。唐,831)が古く,これに次ぐ仏光寺大殿(山西省五台山。唐,857)は間口7間,寄棟造の本格的規模をもつ。…

※「仏光寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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