部族美術(読み)ぶぞくびじゅつ(英語表記)tribal art

改訂新版 世界大百科事典 「部族美術」の意味・わかりやすい解説

部族美術 (ぶぞくびじゅつ)
tribal art

部族美術はこれまで〈未開美術(プリミティブ・アート)〉とも呼ばれてきたが,〈未開〉という語に事実の裏づけがなく,定義があいまいであるため,最近ではこの名称が用いられる。しかし部族美術は一つの現象をさすわけではなく,互いに異なる多種多様な様式と性格を有している。本項ではアフリカ,オセアニア,北アメリカの部族美術について述べる。

中部アフリカのナイジェリアでは前500-後200年にノク文化が興り,単純かつ明快なテラコッタ製の人物像がつくられた。10~15世紀にはヨルバ族の宗教都市イフェで青銅,石,テラコッタ製の人物像や人頭が制作された。その様式は非常に写実的で,骨,筋肉,皮膚の詳細を的確に表現し,とくに青銅彫刻の鋳造技術は抜群である(イフェ王国)。イフェ王国の青銅彫刻の伝統はビニ族のベニン王国(14~19世紀)に受けつがれた。ベニン王国の美術には丸彫の種々の人物像,動物像,祭儀用具や人物,動物,植物を組み合わせた浮彫板などがある。このような金属彫刻は王家特権としてダホメーアシャンティ,モノモタパなどの各王国でもつくられた。

 近代のアフリカの部族美術は彫刻が圧倒的に優勢で,絵画は少ないが,それでもヌデベレNdebele族,ハウサ族イボ族などが住居や塀に具象的ないし抽象的な壁画を描く。彫刻は木製の仮面や人物像が中心であるが,それらは思春期,農業,司法祖先崇拝に関する儀式の際に用いられる。造形的には単純な量塊を素朴かつ重厚に表現したものが多く,きわめてスタティック(静的)である。したがって造形的には非常に堅牢な印象を与える。アフリカの自然の厳しさと,素材の堅さに密着する独自な触覚的表象が,そのような作品を生んだものと考えられる。人像彫刻の多くは頭部が著しく大きくあらわされる反面,腕や脚が退化した形で表現される。これは,頭部は生命力が宿るところと考えられているためである。コップのような容器類が,ときおり人頭にかたどってあらわされるのも,同じ理由によると考えられる。

オセアニアの島々は広い大洋に浮かぶ。オーストラリア大陸とニューギニアのような大きな島を除けば,多くは小島ばかりである。このような海洋的な環境と熱帯の光線とは,そこに住む人々とその美術に決定的な影響を及ぼした。オセアニアとアフリカの部族美術は,ともに精霊崇拝に基づき,超越的存在の可視化を目的とするが,両者はその表現がまったく異なっている。オセアニアの部族美術にはアフリカの部族美術の堅固さはなく,奔放な想像力の駆使と自在な造形,多彩な装飾が見られる。

 オセアニアのなかでもメラネシアは部族美術の宝庫である(メラネシア人)。とくにニューギニア島では河川に沿う低地帯,高原地帯,島嶼(とうしよ)部のそれぞれに独特の美術が発達した。その中心は〈精霊の家〉で,内外に多彩な絵画や彫刻が施され,木製ないし土製の棟飾りがつけられるとともに,木製の仮面,祖霊像,楯,腰掛けや,樹皮絵画,楽器などが置かれる。木彫はまたカヌーの舟首,家の柱,鉢,記念の板および柱などにも施される。一方,ミクロネシアでは人物像や仮面は少なく,装飾も最少限である(ミクロネシア人)。宗教的な作品よりも,ヤシの実の腰掛け,木の鉢,カヌーのような実用品にすぐれたものが多い。ポリネシアでも世俗的な用具にすぐれたものがある(ポリネシア人)。石は木よりも用いられることが少ないが,イースター島には凝灰岩製の巨大な人物像がある。ニュージーランドのマオリ族は建物や家具に神話的存在を彫刻し,それらの顔や身体に独特の曲線文様を施す。アボリジニーはかつて膨大な岩面彩画・刻画を制作したが,現在は北部の島々やアーネム・ランドで木彫や樹皮絵画をつくる。様式は自然主義的なものと図式的なものとがある。

アメリカ・インディアンは広い地域で古くから土器をつくり,刻文または彩文で装飾した。とくにすぐれているのは南西部の土器で,13~14世紀に最盛期に達した。織物では,北西部のチルキャットChilkat族のブランケットが独特の動物文様と精巧な技術で卓越している。西部では諸部族が美しい籠細工をつくる。とくに注目すべきものは,18~19世紀に北西部海岸で高い芸術的成熟をとげた木彫である。トリンギット,ハイダHaida,クワキウトル,サルシSarsiなどの部族が,トーテム・ポール,トーテム像,ポトラッチの際の皿,仮面などを盛んにつくった。これらには種々のトーテムの動物が半人間的な姿で,図式的にあらわされる。(図参照)
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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