酸化的リン酸化(読み)さんかてきりんさんか

日本大百科全書(ニッポニカ) 「酸化的リン酸化」の意味・わかりやすい解説

酸化的リン酸化
さんかてきりんさんか

細胞における呼吸によるATPアデノシン三リン酸)合成のこと。生物が食物からエネルギーを得る(すなわちATPを合成する)やり方には、2通りある。一つは、発酵であり、これには酸素(呼吸)はいらないが、得られるATPの量は少ない。もう一つは酸化リン酸化であり、食物を完全に酸化(燃焼)してそのエネルギーでADPアデノシン二リン酸)をリン酸化してATPを合成する。発酵のおよそ15倍のATPが得られる。

 酸化的リン酸化は、動植物、酵母やカビなどの真核細胞の場合は細胞の中のミトコンドリアの内膜で行われ、細菌の場合は細胞膜で行われる。食物中あるいは体内に貯蔵された糖や脂質が分解されると、炭素は炭酸ガスに、水素は水素運搬の低分子化合物に捕捉される。水素は電子伝達系で段階的に酸化される。この酸化は水の豊富な環境でおきるので、水素は容易にH+とe-(電子)に分離し、H+は水相に放たれて、水素に代わって電子が電子伝達系の諸成分に次々に受け渡されていき、最終的には四つの電子が酸素分子(O2)に渡されて(水相から得た四つのH+とともに)二つの水が生成する。この過程で、H+が膜の中から外に(濃度勾配(こうばい)に逆らって)輸送される。外側に蓄積したH+は、膜に存在するATP合成酵素ATPアーゼ)の中を通ってまた内側に流れ込むことができるが、そのときに放出されるエネルギーでATPが合成される。ミトコンドリアが損傷して穴があいたり、脱共役剤(生体膜のH+透過性を上昇させる脂溶性の弱酸)とよばれるH+透過剤が存在していると、H+は膜を自由に透過するためにH+勾配は形成されず、酸化は進んでもリン酸化はおきない。酸化的リン酸化におけるH+勾配の中心的な重要性を明らかにしたイギリスのP・D・ミッチェルは1978年のノーベル化学賞を単独で受賞した。

[吉田賢右]

『香川靖雄編『岩波講座 分子生物科学7 エネルギーの生産と運動』(1990・岩波書店)』『D・ヴォートほか著、田宮信雄・八木達彦ほか訳『ヴォート 生化学』上(1992・東京化学同人)』『P・W・クーヘルほか著、林利彦ほか訳『例題で学ぶ代謝と生合成』(1993・マグロウヒル出版)』『中村隆雄・山本泰望編『分子生理学ノート』(1995・学会出版センター)』『P・W・クーヘルほか著、林利彦訳『生化学3 代謝と生合成』(1996・オーム社)』『ロスコスキー著、田島陽太郎監訳、秋野豊明ほか訳『生化学』(1999・西村書店)』

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改訂新版 世界大百科事典 「酸化的リン酸化」の意味・わかりやすい解説

酸化的リン(燐)酸化 (さんかてきりんさんか)
oxidative phosphorylation

呼吸基質から分子状酸素への電子伝達反応と共役して,ADPと無機リン酸からATPが形成される過程。この反応によって,糖や脂肪酸の酸化に伴って解放されるエネルギーの一部が,ATPの高エネルギーリン酸結合の形,すなわち生物にとって最も利用しやすい形で捕捉される(高エネルギー結合)。ブドウ糖1分子の完全酸化に伴って生成するATPの90%以上は酸化的リン酸化によって得られるものであり,この過程は生物のエネルギー代謝においてきわめて重要である。酸化的リン酸化の反応系ミトコンドリア内膜(細菌では細胞膜)に存在する。酸化還元のエネルギーをATP合成のエネルギーに変換する反応の機構は長い間のなぞであった。しかし1966年ミッチェルP.Mitchellは,(1)呼吸鎖電子伝達反応が進行する際に,H⁺が膜を横切って一方から他方へ定方向的に輸送され,(2)その結果として生じるH⁺の偏在がATP合成のエネルギー源となる,という2点を骨子とする化学浸透圧説chemiosmotic hypothesisを提唱した(図参照)。約10年に及ぶ論争を経てこの独創的な学説は承認され,ミッチェルは78年度のノーベル化学賞を受けた。電子伝達に伴ってH⁺がこのように一定方向に輸送される機構に関しては,電子伝達系の成分の配列に方向性がある(異方性配列)とする考え方と,電子伝達体のいくつかにH⁺ポンプ作用があるとする考え方が並立している。H⁺の偏在のエネルギーは膜に結合した〈共役因子〉,F1およびF0によってATPに変換される。F1は5種のサブユニットから成る分子量約30万のタンパク質で,ミトコンドリア内膜から突出した径約100Åの粒子として,電子顕微鏡でとらえることができる。F1ATPアーゼ活性をもち,試験管内では,膜に組みこまれたF0(H⁺チャンネル)と協同してH⁺の能動輸送(H⁺ポンプ作用)を行う。しかしこの反応は可逆的であり,呼吸鎖の活動によってH⁺が膜間腔に偏在する場合には,H⁺ポンプの逆回転によってADPとリン酸からATPが生成する。膜構造が破壊されたり,H⁺の分布を均等化するような物質(脱共役化剤,アンカップラー)が存在すると,電子伝達反応が進行してもリン酸化はおきない。
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化学辞典 第2版 「酸化的リン酸化」の解説

酸化的リン酸化
サンカテキリンサンカ
oxidative phosphorylation

生体が生命を維持するために必要なエネルギーを獲得する反応系で,ミトコンドリア内において電子伝達系(呼吸鎖)に共役して,無機リン酸とアデノシン5′-二リン酸(ADP)よりアデノシン5′-三リン酸(ATP)を生成する反応をいう.その基本的様式は呼吸に伴って流れる電子が,ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)→フラビンタンパク質(FP)→シトクロム bc1 複合体→シトクロムc→シトクロム aa3 複合体を経て酸素に渡され水になるが,酸化的リン酸化反応によるATPの生成は,NAD→FP,bc1caa3→ O2 の3か所で合成される.この間の自由エネルギー変化は54.0,44.4,99.6 kJ で,高エネルギーリン酸結合を生成するのに十分である.ATP合成の機構については,
(1)化学反応説,
(2)化学浸透共役説,
(3)分子構造変化説,
が提唱されたが,(2)の説を支持するデータが得られつつある.電子伝達系のはたらきによって形成されたプロトン勾配が,F1F0-ATPase(ATP synthase)の駆動力としてはたらき,その回転に共役してATPが合成されると推定されている.電子伝達系中の図

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「酸化的リン酸化」の意味・わかりやすい解説

酸化的リン酸化
さんかてきリンさんか
oxidative phosphorylation

呼吸基質の酸化に伴って,その際の放出エネルギーによってアデノシン三リン酸 ATPが形成される反応をいう。より明確にいえば,呼吸基質から引出された水素 (H) ,あるいはそこから解離して (H→H++e-) 生じた電子 (e-) が,補酵素→チトクロム系→チトクロム酸化酵素→酸素という順序で電子伝達系 (チトクロム系) を流れていく際に,途中の3ヵ所で,各1対ずつのアデノシン二リン酸とリン酸から,ATPが生成する反応。酸化的リン酸化に関与する酵素やチトクロムなどの成分は,真核細胞においてはミトコンドリアの内膜中に組織化されて存在していて,これによって高いエネルギー効率 (50%以上) を示している。原核細胞では,酸化的リン酸化の系は細胞膜に局在している。水素の酸化のエネルギーが ATP の末端リン酸結合のエネルギーに転化する機構については,数種の説が提唱されてきたが,最も広く支持されている化学浸透圧説の提唱者であるイギリスの P.ミッチェルは 1978年度ノーベル化学賞を受賞した。

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百科事典マイペディア 「酸化的リン酸化」の意味・わかりやすい解説

酸化的リン(燐)酸化【さんかてきりんさんか】

細胞内呼吸で生じた自由エネルギーを用いてADPと無機リン酸からATPを生成する反応。1モルのブドウ糖の分解で38モルのATPを生成。この反応系はミトコンドリア内膜に存在するが,進行する際にH(+/)が膜を横切って一定の方向に輸送され,それによって起こるH(+/)の偏在がATP合成のエネルギー源となる。→呼吸
→関連項目呼吸酵素チトクロム

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栄養・生化学辞典 「酸化的リン酸化」の解説

酸化的リン酸化

 ATP生成の一つの様式で,基質が酸化されると同時に,NADやFADが還元されてNADHやFADHが生成し,これらのNADHやFADHが再び酸化されるときに電子がミトコンドリア内膜の内外にHイオンの勾配が形成され,その勾配が解消されるときにATPが生成する.このATP生成の様式.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の酸化的リン酸化の言及

【電子伝達系】より

…各成分の還元型はその直後のものの酸化型を還元して順次反応し,最終的にはチトクロムaa3によって分子状酸素が還元され,H2Oが生成する。このような段階的酸化反応に共役してADPと無機リン酸からATPが形成されるが(酸化的リン酸化),この反応は生物が,糖や脂肪酸の完全酸化に際して解放されるエネルギーを,その活動に利用しうるかたちに変換する過程であり,呼吸鎖電子伝達系はそのような生体エネルギー転換反応の分子装置の一部として重要である。 生体内における糖や脂肪酸の好気的な酸化が種々の代謝中間体を含む段階的な反応であり,またその最終電子受容体が酸素であることは,20世紀初頭には広く認められるようになった。…

※「酸化的リン酸化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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