生体酸化還元反応における電子の移動が,一定の順序で電子の受け渡し(電子伝達)を行う一連の酸化還元酵素を経由して進行するとき,その酵素系を電子伝達系と呼ぶ。真核細胞のミトコンドリアや細菌の細胞膜に存在して呼吸に関与するもの(呼吸鎖)は,その代表例である。葉緑体や光合成細菌に存在し,光合成の過程に関与するものとともに,これらはいずれもATP合成系,すなわち生物のエネルギー獲得反応系の一部を構成している。一方ミクロソームに存在するもののように,解毒や脂肪酸の不飽和化反応などに関与し,エネルギー代謝との直接の関係はないものもある。このように電子伝達系はその組成においても生理的意義に関しても多様であるが,フラビン酵素およびチトクロムを含み,それぞれ特定の生体膜の構成成分として強固に膜に組みこまれている点は共通である。
ミトコンドリアの呼吸鎖電子伝達系は,内膜に組みこまれ,フラビンを含む数種類の脱水素酵素,チトクロムb,c1,cおよびa+a3(チトクロム酸化酵素),非ヘム鉄タンパク質,ユビキノンなどによって構成されている。フラビン酵素には,それぞれ特異的な中間代謝物質の脱水素反応を行うもの(コハク酸脱水素酵素など)と,種々の脱水素酵素による基質の脱水素反応の結果として生成するNADHを再酸化するものとがある。これらの反応が電子伝達系の初発反応であり,以後電子伝達系の成分は図に示した順序で反応する。各成分の還元型はその直後のものの酸化型を還元して順次反応し,最終的にはチトクロムa+a3によって分子状酸素が還元され,H2Oが生成する。このような段階的酸化反応に共役してADPと無機リン酸からATPが形成されるが(酸化的リン酸化),この反応は生物が,糖や脂肪酸の完全酸化に際して解放されるエネルギーを,その活動に利用しうるかたちに変換する過程であり,呼吸鎖電子伝達系はそのような生体エネルギー転換反応の分子装置の一部として重要である。
生体内における糖や脂肪酸の好気的な酸化が種々の代謝中間体を含む段階的な反応であり,またその最終電子受容体が酸素であることは,20世紀初頭には広く認められるようになった。しかし1920年代までは暗黙のうちに,ある種の酵素の働きによって基質と酸素が直接反応するということについては理解されていた。その際に基質の水素原子が活性化されるのか(ウィーラント=ツンベルクの水素活性化説),あるいは酸素が活性化されて基質に働きかけるのか(ワールブルクの酸素活性化説),という点に関してはげしい論争があった。結果的にみればこれらは,それぞれ真実の一面を強調したものであり,事実前者は多数の脱水素酵素の発見,後者はチトクロム酸化酵素の研究として結実した。D.ケイリンによるチトクロムの発見は,両学説の盲点をみごとについたものであり,この発見を契機として定式化された呼吸鎖電子伝達系の概念によってはじめて,生体酸化反応の道筋が明らかにされ,はげしく争った両学説の正当な位置づけも可能となった。
執筆者:川喜田 正夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
植物型電子伝達系と光合成細菌型電子伝達系とがあり,前者は酸素発生系をもつ高等植物および藻類,後者は酸素発生系をもたない光合成細菌における電子伝達系である.【Ⅰ】植物型電子伝達系:系1および系2の二つの光化学反応系をもっている.図(a)のように,水を電子供与体として,光化学反応系2および1の共同作用によってNADP+を還元する電子伝達系を非循環型電子伝達,光化学反応系1のみが関与している電子伝達系を循環型電子伝達という.それぞれの電子伝達に共役してアデノシン5′-三リン酸(ATP)が生成される([別用語参照]光リン酸化).光化学反応系1に関与している色素は,おもにクロロフィルaとカロテノイドで,光化学反応系2にはこのほかにクロロフィルb(高等植物,藻類),クロロフィルc(けい藻,褐藻),フィコビリン(らん藻,紅藻)が関与しており,これらの色素類によって吸収された光のエネルギーは,反応中心クロロフィル(P700 = 系1,P690 = 系2)に集中され,そこで酸化還元反応のエネルギーとして用いられる.【Ⅱ】光合成細菌型電子伝達系:光化学反応系は一つである.一つ以上の光化学反応系が存在するという説もあるが,少なくとも植物型電子伝達系のように直列にはつながっていない.図(b)のように,H2Sなどを電子供与体としてNAD+が還元される非循環型電子伝達と,ユビキノン,シトクロムbが関与している循環型電子伝達があり,これらは異なったシトクロムcを介して,平行して反応中心バクテリオクロロフィル(P800,P890)に接続している.これらの電子伝達系は,コハク酸からユビキノン,シトクロムbを介して酸素へ電子が伝達される呼吸系電子伝達と部分的に重なっており,またコハク酸が光化学反応系を介してNAD+を還元する電子伝達もある.
好気的細胞において,種々の脱水素反応で生じた水素は,ミトコンドリア内に存在する一連の酸化還元物質の集合体(電子伝達粒子)で構成される電子伝達系(呼吸鎖)によって電子が伝達され,最終的には酸素を還元し,水にする反応系をいう.電子伝達系の成分は,シトクロム類(cyt),フラビンタンパク質(FP),非ヘム鉄(FeS),補酵素Q(CoQ)などで,それらが脂質を含んだ膜系に結合している.電子伝達の過程で生じたエネルギーは,アデノシン5′-三リン酸(ATP)の合成に使用される.もっとも一般的な電子伝達系は次のようである.
NAD → FP → CoQ → cyt b → cyt c → cyt a → O2
ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)はニコチンアミド系ヌクレオチドである.[別用語参照]酸化的リン酸化
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…解糖系の諸酵素は細胞質の可溶性画分にあると考えられているが,細胞質中の微細構造に結合していると主張する研究者もある。真核生物では,クエン酸回路,β酸化,および電子伝達系の諸酵素はミトコンドリアに含まれている。赤血球や肝臓および多くの植物の組織では,グルコースの一部は解糖系とは異なるペントースリン酸回路(細胞質の可溶性画分にある)によって完全酸化を受ける(図3)。…
…約10年に及ぶ論争を経てこの独創的な学説は承認され,ミッチェルは78年度のノーベル化学賞を受けた。電子伝達に伴ってH+がこのように一定方向に輸送される機構に関しては,電子伝達系の成分の配列に方向性がある(異方性配列)とする考え方と,電子伝達体のいくつかにH+ポンプ作用があるとする考え方が並立している。H+の偏在のエネルギーは膜に結合した〈共役因子〉,F1およびF0によってATPに変換される。…
…葉緑体中のチトクロムは,光合成反応の過程における電子伝達反応に関与する。またミクロソーム膜には,P450と呼ばれるチトクロムを含む独自の電子伝達系がある。ミクロソームの電子伝達系はATPの合成とは無関係で,水酸化反応(種々の物質に対する解毒機構の一部として作用する)および脂肪酸の不飽和化反応などに関与することが知られている。…
※「電子伝達系」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新