改訂新版 世界大百科事典 「酸化的リン酸化」の意味・わかりやすい解説
酸化的リン(燐)酸化 (さんかてきりんさんか)
oxidative phosphorylation
呼吸基質から分子状酸素への電子伝達反応と共役して,ADPと無機リン酸からATPが形成される過程。この反応によって,糖や脂肪酸の酸化に伴って解放されるエネルギーの一部が,ATPの高エネルギーリン酸結合の形,すなわち生物にとって最も利用しやすい形で捕捉される(高エネルギー結合)。ブドウ糖1分子の完全酸化に伴って生成するATPの90%以上は酸化的リン酸化によって得られるものであり,この過程は生物のエネルギー代謝においてきわめて重要である。酸化的リン酸化の反応系はミトコンドリア内膜(細菌では細胞膜)に存在する。酸化還元のエネルギーをATP合成のエネルギーに変換する反応の機構は長い間のなぞであった。しかし1966年ミッチェルP.Mitchellは,(1)呼吸鎖電子伝達反応が進行する際に,H⁺が膜を横切って一方から他方へ定方向的に輸送され,(2)その結果として生じるH⁺の偏在がATP合成のエネルギー源となる,という2点を骨子とする化学浸透圧説chemiosmotic hypothesisを提唱した(図参照)。約10年に及ぶ論争を経てこの独創的な学説は承認され,ミッチェルは78年度のノーベル化学賞を受けた。電子伝達に伴ってH⁺がこのように一定方向に輸送される機構に関しては,電子伝達系の成分の配列に方向性がある(異方性配列)とする考え方と,電子伝達体のいくつかにH⁺ポンプ作用があるとする考え方が並立している。H⁺の偏在のエネルギーは膜に結合した〈共役因子〉,F1およびF0によってATPに変換される。F1は5種のサブユニットから成る分子量約30万のタンパク質で,ミトコンドリア内膜から突出した径約100Åの粒子として,電子顕微鏡でとらえることができる。F1はATPアーゼ活性をもち,試験管内では,膜に組みこまれたF0(H⁺チャンネル)と協同してH⁺の能動輸送(H⁺ポンプ作用)を行う。しかしこの反応は可逆的であり,呼吸鎖の活動によってH⁺が膜間腔に偏在する場合には,H⁺ポンプの逆回転によってADPとリン酸からATPが生成する。膜構造が破壊されたり,H⁺の分布を均等化するような物質(脱共役化剤,アンカップラー)が存在すると,電子伝達反応が進行してもリン酸化はおきない。
執筆者:川喜田 正夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報