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紀伝道 きでんどう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

紀伝道
きでんどう

平安時代の大学寮における学問四道の一つ。中国の正史『史記』『漢書』『後漢書』の三史と『文選 (もんぜん) 』などの詩文を教科とする。元来,令制大学寮の規定には,三史や文章の教科はみえないが,神亀5 (728) 年大学寮に文章 (もんじょう) 博士1人をおき,『文選』の講読や作文の教授にあてた。

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デジタル大辞泉の解説

きでん‐どう〔‐ダウ〕【紀伝道】

律令制大学寮での四道の一。中国の史書・詩文を学ぶ学科。初め文章道(もんじょうどう)とよばれたが、平安時代に入って紀伝道が公称となり、四科の中で最も重んぜられるようになった。

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百科事典マイペディアの解説

紀伝道【きでんどう】

律令制度の大学寮における四道(主要な4学科)の一つ。四道とは紀伝・明経(みょうぎょう)・明法(みょうぼう)・算。教科内容は《史記》《漢書》《文選(もんぜん)》などの中国の史書や詩文。
→関連項目菅原氏

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世界大百科事典 第2版の解説

きでんどう【紀伝道】

日本古代の大学寮の四道(主要な4学科)の一つ。元来,令制では経学を学ぶ明経道(みようぎようどう)が重んぜられていて,紀伝道は置かれていなかった。しかし,一般知識社会においても,特殊な政治・道徳の理論よりも,史書・文章のほうが日常親しみやすいので,その専攻学科の設置が望まれるに至り,紀伝道が生まれることとなった。設置の最初は,奈良時代の半ばころ,728年(神亀5),文章博士(もんじようはかせ)1人が置かれ,ついで730年(天平2)に文章生20人が置かれたのに始まる。

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大辞林 第三版の解説

きでんどう【紀伝道】

律令制の大学における学科の一。俗に文章もんじよう道ともいう。漢書・後漢書・史記・三国史・晋書・文選などの学習を教科内容とする。奈良末期より歴史・文章が重視されるようになり、平安中期、明経みようぎよう道・明法みようぼう道・算道とともに四道の一つとして定着した。教官である文章博士もんじようはかせ、学生の文章生もんじようしようなどから構成された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

紀伝道
きでんどう

平安時代の大学寮の学科。紀伝、明経(みょうぎょう)、明法(みょうぼう)、算(さん)の四道の一つ。『史記』『漢書(かんじょ)』『文選(もんぜん)』などの史書、詩文などを教科内容とする。「令(りょう)」の規定では、明経道が根本であったが、728年(神亀5)に文章博士(もんじょうはかせ)が、730年(天平2)に文章生(しょう)が置かれ、紀伝道が盛んになった。808年(大同3)、文章博士と並んで、初めて紀伝博士が置かれ、紀伝道の学科名が成立した。学生のなかから、式部省の詩文を読む寮試によって擬(ぎ)文章生となる者が20人、さらに省試(文章生試)を受けて文章生(20人)となり、そのうち成績優秀なる者2人が文章得業生(とくごうしょう)となる。これは衣食を給せられる給費生であり、対策(方略試)と称する論文試験を受けて官位を給せられる。教官は文章博士。従(じゅ)五位下の官である。834年(承和1)には紀伝博士を廃し、文章博士1人を増し定員2名となった。他道たとえば明経道では、明経博士、明経生からなる学科を明経道と称したのに対し、文章博士、文章生などからなる学科を紀伝道と称することとなった。紀伝道は、文章道と別個の道(学科)を形成するものではなく、文章道と同じ道で職掌任務も一部分担するものである。紀伝道の家としては、平安時代を通じて菅原(すがわら)、大江、藤原氏の南家、式家、北家日野流があり、5家が独占した。[山中 裕]
『桃裕行著『上代学制の研究』復刊(1983・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の紀伝道の言及

【唐橋家】より

…しかし,この在名と次の在通との間でも,いったん家名が中断したらしい。代々紀伝道を家職とし,江戸時代の家禄は182石余である。幕末の在光は88卿列参に加わるなど政治的に働き,また1860年(万延1)祐宮(明治天皇)の親王宣下に当たり,名(睦仁)を勘進し,嗣子在綱は1884年(明治17)華族令の制定により子爵を授けられた。…

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