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金光教 こんこうきょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

金光教
こんこうきょう

幕末期に創唱された民衆宗教で,教派神道 13派の一つ。赤沢文治が 42歳のとき大病を患い,その快癒とともに天地金乃神への信仰に目ざめ,安政6 (1859) 年神の思いを人に伝える「取次 (とりつぎ) 」に専念したことが始まり。

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デジタル大辞泉の解説

こんこう‐きょう〔コンクワウケウ〕【金光教】

教派神道十三派の一。安政年間(1854~1860)、赤沢文治が創始。天地金乃神を主神とし、神と人との間を仲介する取次(とりつぎ)という独特の布教を行う。明治33年(1900)一派独立。本部は、岡山県浅口(あさくち)市にある。

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百科事典マイペディアの解説

金光教【こんこうきょう】

教派神道十三派の一つ。1859年備前国浅口(あさくち)郡の川手文治郎金光大神)が艮(うしとら)の金神(こんじん)を祟(たたり)の神から救いの神に転換して立教したもの。
→関連項目金光[町]金神出口なお

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世界大百科事典 第2版の解説

こんこうきょう【金光教】

教派神道の一派。1859年(安政6)10月21日に金光大神(川手文治郎)が〈立教神伝〉によって開教したもので,1900年6月に政府から独立を公認された。金光大神が説く天地金乃神は,祟り神としての金神ではなく,大地の神,愛の神であり,天地の祖神,日本さらに世界の総氏神とされる最高神的な救済神としての性格をおびている。こうした神観は,信心深く誠実勤勉に生きた農民文治郎が必死に対決した祟り神である金神こそ大祖神,救済者であるとみなすことで,天地金乃神に出会ったことによる。

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大辞林 第三版の解説

こんこうきょう【金光教】

神道十三派の一。1859年、岡山県の農民川手文治郎が開教。祟り神であった金神を、民衆を救済する総氏神とみなして、主神、天地金乃神てんちかねのかみとしてまつる。明治10年代に全国的に教勢を拡大し、1900年(明治33)に一派として独立。本部は岡山県浅口市金光町。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

金光教
こんこうきょう

習合神道系新宗教。1859年(安政6)備中(びっちゅう)国(岡山県)の農民教祖金光大神(こんこうだいじん)(俗名は赤沢文治(ぶんじ))が創唱。その教義は、習合神道という広大・雑多な民間信仰の伝統を背景にしているが、それは金光の得た宗教体験――民間で祟(たた)りの神と恐れられていた金神(こんじん)が、「信心の徳」によって「愛の神、恵みの神」、すなわち天地金乃神(てんちかねのかみ)として立ち現れたという――によって昇華・純化され、乗り越えられた。金神の日柄・方位をはじめ、幕末維新の日本の社会のもろもろの禁忌(タブー)や呪術(じゅじゅつ)宗教的信仰儀礼、また人間中心主義の文明にとらわれた人間のあり方を、神への「無礼」として拒み、さまざまの価値を転倒し、個人化・内面化して新しい宗教的統合をもたらした。そして、国家社会を越え、聖と俗、此岸(しがん)と彼岸(ひがん)の境界を越え、天地に遍満する親神、天地金乃神が与える「おかげ」を「受ける」こと、「天地の道理」に基づく実践、「人が人を助ける所」すなわち「神国」の建設を説き、人がみな等しく神の子であり、心の内なる神を実現して生神になることを説いた。
 幕末には、岡山藩や山伏(やまぶし)の圧迫を受け、天領笠岡(かさおか)では斎藤重右衛門(1823―1895)が投獄され、明治には布教差止めや警察の監視下に置かれるなどした。しかし、金光はそのような緊張下に『天地書附』を中心とする独自の教義を結実させ、1874年(明治7)には、世界の難儀の救済のため神から差し向けられた存在としての宗教的自叙伝『金光大神御覚書(おぼえがき)』を執筆した。教勢は幕末・明治初年に農・商工民の講社を中心に山陽、山陰、四国に、1875年に大阪、さらに京都、東京に展開した。金光は非公認のまま布教を続けたが、その死後佐藤範雄(1856―1942)らは公認運動を展開、1885年に神道本局所属教会となり、1900年(明治33)には教派神道の一派として独立し、国家神道の体制下で朝鮮、中国、北米などに布教した。第二次世界大戦後は、教祖回帰の改革運動が起こり、全面的に改革運動が続けられている。現行の教典は『金光大神御覚書』『お知らせ事覚帳』ならびに『理解』によっている。本部は岡山県浅口(あさくち)市。教会数1520、布教所数6、教師数3781、信者数43万0026(『宗教年鑑』平成26年版)。[荒木美智雄]

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世界大百科事典内の金光教の言及

【金光大神】より

金光教の創唱者(戸籍上は金光大陣と改名を強要された)。幼名は源七,川手家の養子となり文治郎,通称文治,のち赤沢姓,金光姓。…

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