改訂新版 世界大百科事典 「金属組織」の意味・わかりやすい解説
金属組織 (きんぞくそしき)
structure of metal
金属および合金は結晶の集合体であり,その一つの結晶は原子の規則正しい配列が基準としてでき上がっている。金属組織とは,このような金属材料の中の原子のつながりや結晶の構成のことである。組織には,光学顕微鏡で分別できる大きさのレベルの光学顕微鏡組織,透過電子顕微鏡下で分別できる大きさのレベルの透過電子顕微鏡組織,走査電子顕微鏡によって観察される表面とくに破面などの凹凸像(トポグラフィー),X線回折によって知る結晶の原子構造(相),結晶の方位の分布などがある。また,組織の状態を表すのに,ミクロ(微視的)組織,ミクロ構造,あるいはマクロ(巨視的)組織という言葉が用いられる。ミクロというのは,考察の対象の寸法が材料の大きさに比べて小さいということであり,寸法の下限はいちおう原子の大きさと考えることができる。通常は,光学顕微鏡で観察できる5~2000倍程度の像をミクロ組織(構造)と称することが多い。マクロ組織という言葉は肉眼によって観察可能なものについて用いられる。
金属組織学metallography
18世紀末までに,錬鉄,鋼,銑鉄の可鍛性,焼入れ性などの性質の違いは,これらの金属に含まれる炭素濃度の差によるものであることが明らかとなった。しかし,炭素濃度の同じ鋼の硬さが焼入れ,焼戻しなどの熱処理によって変化する原因は不明であった。光学顕微鏡の発達とともに,金属の研磨面を酸で腐食して顕微鏡観察したとき見えるものとして金属の顕微鏡組織,略して金属組織という概念が生まれてきた。そして鋼の性質の熱処理による変化は,熱処理による金属組織の変化の結果であることが,ドイツのマルテンスAdolf Martens,フランスのF.オスモン,イギリスのH.C.ソルビーらによって1885年ころまでに明らかとなった。一方,相と相平衡の概念,および結晶中における原子配列の概念が熱力学の発達とX線回折の発見によって,19世紀の後半から20世紀の初頭にかけて確立した。
これらの概念を背景に,顕微鏡観察することによって,合金の組成,合金の製造履歴および熱処理と合金の金属組織(単に組織あるいは金相ともいう)との対応関係を整理し,金属組織の形成とその変化の過程および機構を明らかにすることを目的とするのが狭い意味の金属組織学である。この意味で金相学という言葉が用いられることもある。広い意味での金属組織学は,組織と合金の性質との対応関係を整理し,対応の機構を明らかにすることを含む。なお,顕微鏡的組織の概念が金属以外の材料にも適用されうるものであること,観察手法が光学顕微鏡以外に多様化したことにより,現在では〈金属の顕微鏡組織〉は〈材料のミクロ組織〉へと一般化されている。
金属組織観察法と金属組織の要素
金属片を鏡面に研磨したのち酸などで腐食(金属組織エッチング)し,反射照明型のいわゆる金属顕微鏡によって観察するのが金属組織観察の基本的方法である。どのような金属,合金にもその内部に不均質な部分が存在するので,同一腐食液でも腐食の程度が場所によって異なり,ある部分が深く腐食され斜めになった面が局部的に表れる。この部分は光を正反射しなくなるので顕微鏡では暗く見え,比較的腐食液に侵されない部分は正反射して明るく見えるので,この明暗によって組織が現れる。一般には一つの相が一つの金属組織構成要素である。共晶,共析のような反応で生成した組織は,二つ以上の相から成り立っていても,金属組織構成要素としては一つとみなされる。たとえばパーライトは,相としてはフェライトとセメンタイトの2相からなるが,共析組織なので一つの構成要素とみなすことができる。したがって亜共析鋼の標準組織は初析フェライトとパーライトの二つの要素を含んでいるとみなしてもよい。
合金の体積の大部分を占める組織構成要素をマトリックスmatrixといい,マトリックスを構成している相をマトリックス相という。マトリックスの中に分散している組織構成要素は介在物あるいは分散物と呼ばれ,これを構成している相を分散相あるいは第2相と呼んでいる。マトリックスは,たとえそれが一つの相しか含まないときでも,一般に多数の結晶粒の集合体からなっている。小さい分散物のなかには,一つの結晶粒からできているものもある。同一相の結晶粒どうしの境界(結晶粒界)も金属組織エッチングで現すことができる。
光学顕微鏡で観察されるのは,1μm(0.001mm)~1mm程度の大きさの物体である。合金中のマトリックスの結晶粒径と介在物の大きさの多くはこの範囲内にあり,それゆえに光学顕微鏡観察により金属組織学が発達しえた。
透過型電子顕微鏡によれば,数十nm(0.01μm)以上,試料膜厚0.5~5.0μm以下の寸法の電子密度や原子配列の不均一を見ることができ,転位あるいは時効硬化性合金の析出粒子の観察などに利用される。条件によっては,結晶中の原子,分子の1個ずつを見ることもできる。
走査型電子顕微鏡は焦点深度が深く,試料面の凹凸を感じることができるので,破断した後の面の観察(フラクトグラフィー)をするのに適している。また電子ビームにより励起・放出される特性X線(あるいはオージェ電子)を利用すると,1μm程度以上の合金元素の分布としての組織を現すことができる。
このほかに走査・透過型電子顕微鏡,電界イオン顕微鏡,X線回折顕微法など種々の観察法がある。金属組織観察法というのは,本質的にはすべて,試料面内あるいは薄膜試料内における元素の種類・濃度,あるいは原子配列の不均一さを検出する方法である。
半導体やセラミックスの組織の現し方には金属と異なる点もあるが,ミクロ組織の概念は半導体やセラミックスなど材料一般に適用しうる。また材料の性質は,多少の差こそあれ,すべて材料を構成している原子の種類・濃度のみによって決まるのではなく,そのミクロ組織によっても支配されている。
定量組織学,ステレオロジー
観察される画面あるいは写真を計測して,マトリックスと分散物の体積比,マトリックス相の結晶粒の形状と寸法,分散物の形状・寸法・分散間隔等を数値として求めるための方法と理論は定量組織学と呼ばれる。ミクロ組織の概念には上記のほかに,個々の結晶粒内での転位など格子欠陥の存在形態,さらに材料の塊全体から個々の結晶粒内にまで至るそれぞれの組織構成要素内での合金元素濃度および格子欠陥濃度の分布なども含まれる。
観察されるのは一般に物体の断面である。この断面に現れた二次元的形状から元の物体の三次元的形状を求める方法と理論をステレオロジーstereologyという。定量組織学とステレオロジーとはほとんど同義であり,生物試料も含めた材料一般のミクロ組織の観察にほぼ共通に適用される。
金属組織の形成過程
材料の製造履歴,たとえば凝固,塑性加工,溶接,焼結などに応じて,特有の金属組織が形成される。
(1)凝固組織 合金の凝固過程は液体金属から核発生し,それが成長することによって進行する。この二つの過程(核発生と成長)の様相によって,さまざまな凝固組織が形成される。たとえば,核の発生数が多く,それが等方的に成長すれば,微細な等方的な凝固組織(等軸晶)となって現れる。核の発生が単一であり,それをそのまま成長させれば単一の結晶(単結晶)となる。
核が発生する際には,液体からその金属が核生成して結晶化する均一核発生と,結晶化に際して他の媒体上に核生成する不均一核発生とがある。均一核発生するためには駆動力を多く必要とし,そのために融点TL以下の温度Tになっても,液体として存在する過冷却の程度(TL-T)が大きいことが要求される。通常の凝固においては,均一核発生することはまれである。鋳型壁や液体金属中の異物上に核が不均一に発生したり,また鋼の連続鋳造のように電磁かくはんによって成長中の樹枝状晶(デンドライト)が溶鋼によって分断され,その分断された結晶片に不均一核発生することも多い。この不均一核発生においても,固液界面上では,成長を続けるために,わずかではあるが過冷却されている。なお,急冷凝固,非晶質の成長においては,界面過冷度は数十~100℃に達することがある。さらに合金の凝固においては,固液界面から液体側に向けて温度が高いような状態でも凝固に伴って溶質元素の再分布が起こり,それに起因した過冷却が生じることがある。これを組成的過冷却と呼んでおり,この過冷却の程度に応じて,凝固組織の微視的形態(ミクロ組織)は大きく変化する。すなわち,組成的過冷却が0から大きくなるにつれて,平滑,セル状組織,樹枝状組織へと変化する。
凝固過程を伝熱的にみると,凝固とは液体金属の過熱分の熱容量,凝固潜熱を系外に放出することである。この伝熱方向の反対方向に結晶は成長し,また,この方向に特定の結晶方位が柱状晶となって成長することが多い。したがって凝固組織のマクロ組織(肉眼組織)として,前述の等軸晶,柱状晶が凝固条件に応じて種々の割合で生成される。鋳物・インゴット用には一般に微細な等軸晶が望ましい。一方,柱状晶を積極的に利用した製品として,一方向凝固して優先結晶方位を集積させた,タービンブレード,磁石などがあげられる。また,半導体など多くの機能性材料も原理的には一方向凝固を利用した結晶成長によって良質な結晶を得ている。なお,単結晶の実際の製造において,核の発生を一つに制御することは難しく,一つの方向に優先的に成長させ,他の結晶粒を消滅させて単結晶を得ることが多い。
(2)加工組織と再結晶組織 いわゆる冷間加工といわれる塑性加工を行うと,転位密度が上昇するとともに,一つの結晶粒はいくつかの領域に分裂していく。一つの領域内では結晶格子の向き(結晶方位)はほぼ同一であり,転位密度も相対的に低い。領域と領域の境界層では転位密度が高く,結晶方位の変化も急激に生じている。
加工硬化した材料を高温に加熱すると,転位どうしの合体などによる転位の消滅(いわゆる回復)に対応して軟化が生じる。加工が十分に行われていたときには,この過程でいわゆる再結晶が起こり,転位をほとんど含まない新しい結晶粒の組織が生成し,これによって完全に軟化する。
いわゆる熱間加工するときには,加工中に回復が並行して起こるために,転位密度の上昇は相対的に低いが,一つの結晶粒のいくつかの領域への分裂は起こる。条件によっては,加工中あるいは加工後の冷却中に,あるいは加工後の再加熱によって,再結晶も生じる。塑性加工と再結晶によって,凝固組織は鍛錬された組織へと変化する。
高温から冷却する熱処理においては,共析変態によるパーライト,マルテンサイト変態によるマルテンサイトなどが形成される。準安定相や過飽和相の焼戻し熱処理においては,種々の相分解,準安定相あるいは安定相の析出が起こる。熱処理におけるこのような組織変化は析出硬化(時効硬化)などをもたらす。
そのほか,延性破壊,疲労破壊などの破壊過程においても,転位の特徴的な配列や空洞の形成などの組織変化が生じる。原子炉中などでの放射線の照射によるといわれる照射損傷の形成とともに組織変化が起こる。
執筆者:梅田 高照+伊藤 邦夫
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