(1)能の曲名。四番目物。作者不明。シテは離別された女。夫に見捨てられた女(前ジテ)が,恨みを晴らすために貴船(きぶね)明神へ祈願に参ると,社人(アイ)が神の告げを聞かせる。赤い着物を着て顔には朱を塗り,鉄輪を頭にいただき,その三つの脚にろうそくを付けて火をともせば,生きながら鬼となって恨みを果たせるというのである。一方,夫(ワキヅレ)は夢見が悪いので陰陽師の安倍晴明(ワキ)を訪れて祈禱を頼む。晴明が夫と新妻の人形(ひとがた)を作って祈禱をすると,先妻の生霊(いきりよう)(後ジテ)が現れる。霊は人形に向かって恨みを述べ,新妻の髪を手にからめて打ちたたいたりした末,男の命を取ろうと立ち寄るが,守護の神々に追われ,のろいの言葉を残して立ち去る(〈ノリ地・中ノリ地〉)。2人の人形を烏帽子と垂れ髪の鬘で表すのがおもしろく,かつ効果的である。
執筆者:横道 万里雄(2)地歌の曲名。作曲は尾張のなにがし。三下り謡物。1788年(天明8)板の《糸の調》に歌詞初出。謡曲の《鉄輪》のキリ〈悪しかれと〉以下を採り,その前に少し歌詞を補作している。夫に見切られた本妻が嫉妬に狂い,貴船神社に願をかけて,生霊となって後妻(うわなり)打ちをするすさまじい内容である。京都の河原崎検校作曲の箏替手がある。
執筆者:久保田 敏子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
能の曲目。四番目物、また五番目物にも扱う。五流現行曲、ただし金春(こんぱる)流は大正の復曲。作者不明。出典は、男を恨んで鬼となった貴族の女、それが茨木(いばらき)童子であるとする『平家物語』「剣巻」による。自分を捨て若い女といっしょになった夫を取り殺そうと、現世で鬼となった女の能。京都貴船(きぶね)神社の神職(アイ)が、丑(うし)の刻詣(ときもう)での女(前シテ)に、鬼に変身させようとの神託を告げる前段。悪夢にうなされる男(ワキツレ)の願いに、女の呪(のろ)いを転じ変えようと祈る陰陽師(おんみょうじ)安倍清明(あべのせいめい)(ワキ)。鬼と変じた女(後シテ)は、男への愛の恨みを訴え、まず相手の女の命を奪うが、神々に守られた夫の命をとりえず、「時節を待ってまたとるべし」と消えていく。教養と理性に抑圧された貴婦人の恨みを描く『葵上(あおいのうえ)』に対し、『鉄輪』は直接的な嫉妬(しっと)の復讐(ふくしゅう)である。新藤兼人(しんどうかねと)の映画『鉄輪』(1972)は、古代の丑の刻詣での女と、能の場面と、現代の三角関係を錯綜(さくそう)させる手法で成功している。
[増田正造]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…古くから知られている〈別府八湯〉は,石垣原南部の別府温泉(泉質は重炭酸土類泉,食塩泉,重曹泉など多様。28~112℃),浜脇温泉(単純泉,50~60℃),観海寺温泉(単純泉,純食塩泉,57℃),堀田(ほりた)温泉(単純炭酸泉,80~100℃),石垣原北部の亀川温泉(単純泉,純食塩泉,50~70℃),柴石(しばせき)温泉(炭酸鉄泉,69℃),鉄輪(かんなわ)温泉(酸性緑バン泉ほか,52~90℃),明礬(みようばん)温泉(含ミョウバン緑バン泉ほか,38~98℃)からなる。これらは地殻運動によって生じた断層線上に湧出する自然湧出泉で,とくに鉄輪温泉周辺に多い大泉源や大噴気孔は〈地獄〉と呼ばれ,地獄巡りは観光コースの目玉となっている。…
…〈女人のため〉の物語と話末にあるごとく,女の罪業深さにふれるところが多い。昔話〈肉付面〉の原型ともいわれ,謡曲《鉄輪(かなわ)》と表現の一致するところもある。【浅見 和彦】。…
※「鉄輪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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