鉗子という篦(へら)状の器械で胎児の頭部を挟み,牽引して胎児を速やかに娩出させる人工分娩法。鉗子分娩が行われるのは通常,分娩の進行が停止し,胎児が弱ってきて(胎児仮死),速く産ませないと危険な場合である。そのような危険は,主として産道の出口部が狭い場合,児頭の回旋異常とくに低在横定位,分娩遷延によって起こる。かつては開腹による帝王切開術が母親にとって危険であったために,鉗子分娩が盛んに行われたが,今日では帝王切開がきわめて安全に行えるようになったので,鉗子分娩を行う頻度は多い施設でも5%程度にすぎない。しかし,胎児が娩出直前になって,急に弱ってきて胎児心拍数が持続的に減少するようになった場合は,もはや帝王切開は間に合わないので,鉗子分娩に頼らざるをえない。従来,鉗子分娩は強力な手技なので,鉗子のために骨折や頭蓋内出血を起こすと恐れられてきたが,実際は胎児仮死すなわち胎児の酸素が不足した状態が長く続くほうがはるかに危険なことがわかってきたので,今日ではこのような危険な状態の場合には躊躇せず鉗子をかけるようになった。しかし,鉗子はいつでもかけられるわけではなく,子宮口が全開しており,児頭が骨盤底に達して,鉗子を直ちにかけることができ,またかければすぐ娩出させられる位置(鉗子適位)にあることが必要条件である。それ以外の場合はすべて帝王切開を行う。なお骨盤位分娩の際に後から産まれてくる児頭が簡単に出ない場合にも鉗子を用いることがある(後続児頭鉗子)。
産科で使われる鉗子の種類はたくさんあるが,今日日本で一般に用いられている産科鉗子はネーゲレ,キーラン,パイパーの3種類である。それぞれ特徴があり,用途によって使い分けられる。たとえば,ネーゲレ鉗子は牽引に,キーラン鉗子は児頭の回旋に主として利用される。
産科鉗子は16世紀後半から17世紀初頭にかけてイギリスのチェンバレンChamberlen家一族の親子数代にわたって創意工夫がなされたが,創始者はそのうちのピーターPeterとされている。チェンバレン家では,この難産に対する鉗子の応用を門外不出の家伝として秘匿しつづけたため,この正体が明らかになったのは18世紀初頭であった。そのころまったく別個にベルギーのパルファンJohn Palfyn(1650-1723)が産科鉗子を案出(1720)し,賛否の議論が起こると同時に関心が高まり,以後多くの鉗子が案出されて今日に至っている。
→出産
執筆者:岩崎 寛和
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
2葉の金属製へらからなる鉗子によって児頭を挟んで牽引(けんいん)し、娩出力を増強させて胎児の娩出を図ることをいう。自然娩出を待っていると母体あるいは胎児に障害が増すと考えられる場合に、急いで娩出させる方法の一つである。鉗子分娩を行う母体側の因子としては、母体に心疾患や肺疾患などがあって長時間いきむことが害になるときや、うまくいきめないときなどがあり、胎児側の因子としては、臍帯(さいたい)が先に出てくる臍帯脱出、娩出前に胎盤の一部が剥離(はくり)する常位胎盤早期剥離、あるいは胎児心拍数に異常をきたして胎児が苦しがっている胎児仮死のときなどがある。このほか、陣痛が十分強くない陣痛微弱、児頭が下降しながら行われるべき回旋がうまくいかない回旋異常、あるいは産道の広さが児頭の大きさに比べて十分広くない児頭骨盤不均衡が軽度にある場合などがあげられ、分娩の進行が遅い難産のときにも用いられる。
鉗子分娩を行うためには条件がそろっている必要があり、児頭の最大部分が骨盤入口部より下降していて、骨盤の広さが十分であり、子宮頸管(けいかん)が全開大(10センチメートル開大)していて、卵膜が破れて破水していなければならない。この条件が整っていない場合は、帝王切開が行われる。
なお、骨盤位(さかご)分娩には、最後に娩出される児頭に後続児頭鉗子が用いられる。
[新井正夫]
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出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報
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