白樺派(読み)しらかばは

知恵蔵の解説

白樺派

雑誌「白樺」に依拠して、キリスト教、トルストイ主義、メーテルランク、ホイットマン、ブレイクなどの影響を受けつつ、人道主義理想主義、自我・生命の肯定などを旗印に掲げた文学者、芸術家たち。1910年に創刊され、23年、関東大震災で幕を閉じた「白樺」は、足かけ14年、全160冊というその刊行期間の長さ、同人の変動の少なさ、影響力の大きさなどからして、近代日本最大の文芸同人誌と言える。「白樺」には同時に、ロダン、セザンヌ、ゴッホ、マチスなどを紹介した美術雑誌としての側面もある。その意味で「白樺」は、文学と美術がジャンルを超えて響き合う、総合芸術雑誌でもあった。創刊に携わった者の多くは、武者小路実篤、志賀直哉、里見トン、柳宗悦、郡虎彦、有島武郎有島生馬など学習院出身者である。思想面での代表者、武者小路に典型的なように、総じて「白樺」の自我中心主義や普遍主義やコスモポリタニズムは、あるべき前提と社会意識とを欠いた、良くも悪くも楽天的なものであった。自我中心主義を小説の技法として純化し、大成することによってそんな「白樺」を突き抜けたのが志賀であるとすれば、思想、行動の面でそれを逸脱していったのが有島武郎であり、両者の振幅がそのまま白樺派の奥行きを形作っている。

(井上健 東京大学大学院総合文化研究科教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

百科事典マイペディアの解説

白樺派【しらかばは】

文学流派。1910年4月,武者小路実篤志賀直哉有島武郎らが創刊した同人雑誌《白樺》によった人びと。木下利玄,郡虎彦,里見【とん】柳宗悦有島生馬長与善郎岸田劉生千家元麿高村光太郎倉田百三ら。自然主義に対抗して人道主義,個性主義,理想主義を標榜(ひようぼう),倫理を重視。耽美(たんび)的な《スバル》《三田文学》(三田派),理知主義的な《新思潮》と並び,反自然主義の拠点となった。《白樺》に発表された作品には,実篤の《その妹》,直哉の《網走まで》,武郎の《或る女》前編,善郎の《項羽と劉邦》などのほか,利玄の短歌,元麿の詩がある。また美術雑誌をも兼ね,ロダン,ゴッホ,セザンヌら西洋美術を紹介,光太郎訳の《ロダンの言葉》などもある。《白樺》は1923年8月廃刊。通巻160冊。
→関連項目新しき村心境小説同人雑誌トルストイ

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

大辞林 第三版の解説

しらかばは【白樺派】

日本近代文学における一派。雑誌「白樺」の同人やそれに同調する人々をさす。個性主義・自由主義を中心とし、強烈な自我意識と人道主義に根ざす理想主義的傾向とをもち、大正文学の中心となった。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の白樺派の言及

【キリスト教文学】より

… このようにキリスト教思想の受容が自己の存在や思想を根源から問い返す対自的契機となることを困難にし,即自的志向へと流れさせる土着の心性との真の対峙相克,さらにはその止揚こそ今日に残された未完の課題でもある。同時にまた一面,キリスト教の社会的倫理観は社会主義文学の先駆ともいうべき木下尚江や徳冨蘆花の文学を生み,その人道主義的系譜は武者小路実篤,志賀直哉,有島武郎らの白樺派(《白樺》)にも流れてゆくが,ここでも内村の影響の深さが注目される。ただ大正期に入ってこれら理想主義,人道主義の流れとは別にキリスト教思想とのかかわりが,より実存的な深さを示すようになる。…

※「白樺派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

余震

初めの大きい地震に引き続いて,その震源周辺に起こる規模の小さい地震の総称。大きい地震ほど余震の回数が多く,余震の起こる地域も広い。余震域の長径の長さは,地震断層の長さにほぼ対応している。マグニチュード...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

白樺派の関連情報