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門割制度 かどわりせいど

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

門割制度
かどわりせいど

江戸時代,薩摩藩で実施された土地制度。薩摩藩では (かど) と呼ばれる農民団体を単位として耕地を配分し,一定期間耕作したのち検地によって耕地を割替えることをたてまえとしたので,農民は土地を所有できず門を通して掌握されていた。したがって薩摩藩の村落構造は,この門が基底となっていた。要夫 (いふ) と呼ばれる 15~60歳の農民男子が,家部 (かぶ) という単位で組織され,4~5家部で1つの門を構成した。門の長を名頭 (みょうず) といい,名頭名義で配分された門高は要夫数に応じて割当てられた。また門は,貢租,夫役徴収の単位でもあり,年貢納入の連帯責任を負った。 (→鬮組〈くじぐみ〉 , 地割 )

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百科事典マイペディアの解説

門割制度【かどわりせいど】

江戸時代薩摩鹿児島藩で行われた割地による農民支配制度。労働力を基準に成年男子を家部(かぶ)に編成し,数家部からなる門(かど)を村落の基本単位としてこれに耕地を割り当て(門高),貢納の連帯責任を負わせた。

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世界大百科事典 第2版の解説

かどわりせいど【門割制度】

薩摩藩全般に施行された強制割地制度。名称の初見は1197年(建久8)の《大隅国図田帳》所載姶良(あいら)庄の元吉門であるが,その性格は未詳。中世の(かど)は垣内村(かいとむら)のような血縁ないし地縁共同体であったが,島津氏の領国一円化とともに,とくに1658年(万治1)ごろから1722‐26年(享保7‐11)の総検地ごろまでの外城制度の確立過程の進展のなかで,下人(被官)や一族が解体されて新門を分立していったので,高も人員も平均的な門に変貌した。

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