社伝によれば延喜元年(九〇一)菅原道真が筑紫へ配流される途中、
その社名は資料の時代によってまちまちで、正元―文永(一二五九―七五)の頃は「天神宮」、応長元年(一三一一)の縁起絵巻は表題が「松崎天神」、文中には「太政威徳天之神」「松崎の社」とあり、文明一一年(一四七九)一〇月一五日付の大内政弘の文書には「松崎酒垂山天満宮」とみえ、享禄三年(一五三〇)一〇月一四日付の遷宮文書に「松崎天満宮」の名がみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
山口県防府市松崎町に鎮座。菅原道真(すがわらのみちざね)と、その祖天穂日命(あめのほひのみこと)・武夷鳥(たけひなとり)命・野見宿禰(のみのすくね)を祀(まつ)る。901年(延喜1)菅原道真は左遷され大宰府(だざいふ)へ向かう途中、当地勝間の浦に着船、時の周防(すおう)国国司土師信貞(はじのぶさだ)は同族であったので、これを迎え1日松崎の地に招いたことで、道真の薨後(こうご)すぐこの地に神廟(しんびょう)を建てたことに始まる。古くは松崎天神と称した。例祭12月5日、ほかに旧10月15日の御神幸祭(裸坊(はだかぼう)祭)、2月節分日の牛替(うしかえ)神事など特殊神事が多く、紙本着色『松崎天神縁起』六巻(国の重要文化財)のほか、宝物も多い。
[鎌田純一]
出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
…佐波川河口と海岸部は,江戸時代に次々と干拓されて新田や塩田が開かれた。天神山の南麓に鎮座する松崎天満宮(現,防府天満宮)は北野・太宰府両天満宮とともに日本三天神の一つとされる。その鳥居前の町としてにぎわった宮市は,近世には中国路の宿駅として栄え,本陣の兄部(こうべ)家は中世より周防相物(あいもの)座の長をつとめたと伝える。…
※「防府天満宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
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