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陸賈 りくかLu Jia; Lu Chia

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

陸賈
りくか
Lu Jia; Lu Chia

中国,前漢開国の功臣。楚の人。口弁に長じ,高祖の使者となって諸侯の間を往来。漢成立後も2度南越国に使いした。また文帝の擁立にも功があった。高祖に経書をすすめ,『新語』を著わした。

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デジタル大辞泉の解説

りく‐か【陸賈】

中国、前漢初期の学者・政治家。楚(そ)の人。高祖劉邦(りゅうほう)に仕え、天下統一に貢献。著に、秦漢の興亡を述べた「新語」12編。生没年未詳。

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世界大百科事典 第2版の解説

りくか【陸賈 Lù Jiǎ】

中国,漢初の功臣で儒学者。生没年不詳。楚の人。弁舌にすぐれ,たえず諸国に使者として赴いた。高祖のとき,南越で自立した趙佗(ちようだ)のもとへ遣わされ,漢に臣下の礼をとることを約させて帰国,功により太中大夫に任ぜられた。儒学を軽蔑していた高祖を,馬上で天下を取っても馬上で天下は治められない,といさめて礼楽に関心をいだかせた話は有名である。呂后政権下では病と称して引退したが,陳平らと秘かに呂氏討伐の策をねり,文帝が即位し劉氏政権が復活すると,再び太中大夫となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

陸賈
りくか

中国古代、前漢初期の学者。生没年不詳。楚(そ)の人。高祖劉邦(りゅうほう)に仕え、南越(なんえつ)王慰佗(いだ)のもとに使いして説得服従させた。以後、太中太夫(たいちゅうたいふ)となり、多く外交交渉にあたる。おりあるごとに詩書を説き、命を受けて秦(しん)漢興亡のゆえんを述べて『新語』12篇(へん)を著す。また『楚漢春秋』の著もある。恵帝のとき外戚呂(がいせきりょ)氏の権勢を憎み、丞相陳平(じょうしょうちんぺい)(?―前178)、太尉周勃(たいいしゅうぼつ)(?―前169)らと協力して呂氏一族の排除に成功する。『史記』『漢書(かんじょ)』に伝記がある。『蒙求(もうぎゅう)』に「陸賈分嚢(ぶんのう)」があるが、千金の遺産を5人の子供に遺贈する話である。[町田三郎]
『金谷治「陸賈と婁敬」(『秦漢思想史研究』所収・1960・日本学術振興会)』

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