コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

離洛帖 りらくじょう

3件 の用語解説(離洛帖の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

離洛帖
りらくじょう

藤原佐理 (すけまさ) 筆の消息。「離洛之後云々」で始るのでこの名がある。佐理が大宰大弐となり九州の大宰府へ赴任する途中,長門国 (山口) 赤間関から京都の藤原誠信にあてたもの。下向に際して関白藤原道隆に赴任の挨拶をしなかったのをわびるように依頼している。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

離洛帖【りらくじょう】

991年大宰大弐(だざいのだいに)(大宰府の次官)に任ぜられた藤原佐理(すけまさ)が赴任の途上,長門(ながと)国赤間(あかま)関から京都にいる甥の藤原誠信にあてた消息。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

離洛帖
りらくじょう

平安中期の能書、藤原佐理(すけまさ)自筆の書状。一幅。国宝。東京・畠山(はたけやま)記念館蔵。名称は、冒頭の草名(そうみょう)(花押(かおう)の原形)のあとに続く本文の書き出しの「離洛之後……」とある二字による。佐理は991年(正暦2)正月、大宰大弐(だざいのだいに)に任ぜられた。赴任のため洛(京都)を離れて、筑紫(つくし)国(福岡県)に下向途中、5月16日に長門(ながと)国(山口県)赤間泊(あかまのとまり)(現下関(しものせき)市)に到着。滞留中の同19日、時の摂政(せっしょう)・関白藤原道隆に赴任の挨拶(あいさつ)を怠っていたことに気づき、在京の甥(おい)藤原誠信(さねのぶ)(春宮権大夫(とうぐうのごんのだいぶ))を通じてわびの伝言を頼んだのがこの手紙である。ときに、佐理は48歳。旅中、草卒(そうそつ)にしたためた筆にもかかわらず、筆線の潤渇、肥痩(ひそう)の変化の妙は、さすが「三蹟(さんせき)」の1人にふさわしく、みごとな筆致である。この幅には、江戸中期に上代様(じょうだいよう)の能書家で聞こえた近衛家煕(このえいえひろ)(予楽院(よらくいん))の臨模本(写しの一紙)が添えられており、さらにその紙背には、能書帝伏見(ふしみ)天皇の花押が模写されている。古くは、古筆の愛好家で知られた伏見天皇の所蔵であったことが知られ、伝来のゆゆしさを示している。[神崎充晴]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

離洛帖の関連キーワード上代様藤原佐理三賢佐跡三蹟(三跡)伊藤祐昌真覚藤原佐理女藤原経任(1)松平資昌

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone