祭礼,盛り場,縁日などで客を集めて商売をする露天商人。〈てきや〉ともいう。ヤシの呼称の由来には諸説あるが,薬師(やくし)の〈く〉が略されたものという説がある。野士という字が当てられたこともある。商売の仕方によって,大地に座って威勢よく啖呵(たんか)(口上)をつけるコロビ,居合抜きその他で大勢人を集める大ジメ,組立店のサンズン,風船・飴などを売るコミセ,興行のタカモノなどに分かれる。その起源については,香具師の親分連が秘蔵する《十三香具・虎之巻》によれば,源頼朝の密命を受けた長野録郎高友が薬売りをしながら各地で隠密探索をしたことに始まり,大岡越前守のとき,香具師が隠密をして犯人逮捕に協力することとひきかえに営業を公許されたとか,香具師は聖徳太子の二子に始まるとするなどの伝承があるが,定かではない。香具師はしばしばみずからを神農と称するが,その職神は薬種神の神農皇帝であり,親子盃その他の儀式に際しては,神農の掛軸が飾られる。その組織は,営業組織としての帳元,帳脇,世話人,若い衆の区分をもつと同時に,親分,子分,兄弟分の身分的絆(きずな)によって強くつながれている。神社仏閣の祭礼,開帳などをタカマチ(高市)と呼び,また,縁日師をホーエイ師などと呼ぶこともあるが,いずれにせよ,これらの場所で露店を開設してバイ(商売)の稼ぎ込みをする。その縄張りは庭場といい,庭場をとりしきる地元の親分は,参集した各露店商に対し場割りをし,場所代その他の名目の金銭徴集を行う。なお,1872年(明治5)7月196号布告に〈香具師の名目廃止〉の令が出されており,その後〈てきや〉の呼称ができたと思われる。
→てきや
執筆者:岩井 弘融
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露天商の一種。18世紀初めに京都、大坂、江戸の香具職たちが職法の式目(法規)を改定しているが、そのころには生まれていた職業と考えられる。中国古代の伝説上の帝王である神農(しんのう)氏を守護神としている。十三香具師(十三の職種)といわれ、薬売り、居合(いあい)抜き、曲鞠(きょくまり)、果物売り、小間物売りといった小商人と遊芸人とであった。薬売りが主で、居合抜き、曲鞠などの芸は実は売りつける手段でもあった。19世紀には江戸幕府は取締令を出している。19世紀後半からは的屋(てきや)ともいわれるようになった。また、各地に露天商組合ができ、1924年(大正13)には大阪で香具師同士の生活保護策も講じられたこともある。集団は家名をもち、博徒のように一家の親分・子分・兄弟分・新入りといった縦の秩序は厳しい。すなわち、入門・破門・破門解除といった手続も、本人の行状と親分の裁定により決まる。仁義、旅の慣行もあり、その規律は今日もほとんど同様である。近世では、空き地で弁舌巧みに薬などを売る大〆(おおじめ)、地面に座るか卓を置いて新案品を売る転(ころび)、盛り場などの組立て式の床店(とこみせ)の三寸、夜見世また縁日で女子供相手に風船・飴(あめ)などを売る小店(こみせ)が出現した。近代になると、興行師の高者(たかもの)、縁日の植木屋の木(ぼく)というような商売の仕方による種別が加わった。香具師の語源については、いろいろ説があり決定していない。野士と書いて野武士の後裔(こうえい)であるといい、また弥四と書いて弥四郎という者が初めて売薬行商をしたからという説もある。野師・矢師・八師とも書く。香具師(こうぐし)とも読み、香具(薫物(たきもの)・香道具)を売る者をいい、香具売りは17世紀にはいたようである。それがやしとなったのは18世紀のころであろうが、その理由はわからない。
[遠藤元男]
『添田知道著『香具師の生活』(1964・雄山閣出版)』
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出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…六斎市はしだいに退化し,日常生活用品を売買する市は盆市,暮市など年2回の市となったり,または寺社の縁日・祭礼の市となって娯楽の性質を帯びるようになった。こうした市に店を出す商人として香具師(やし)が組織化されていき,香具師商人は1735年(享保20)十三香具仲間として公認された。十三香具は,居合抜,曲鞠,唄廻し,覗,軽業,見世物,懐中掛香具売,諸国妙薬取次売,江戸京都大坂田舎在々売通売,辻療治膏薬売,蜜柑梨砂糖漬売,小間物売,火打火口売の13業種の商人で,演芸的色彩が濃く,各地の市を回って営業した。…
… この縁日は,都市寺院の門前町形成の大きな要因となった。縁日商人(あきんど)という言葉が示すように,寺の門前には縁日になると露店を出して商う香具師(やし)の集団が集結した。むしろ縁日に立つ市は,香具師仲間によって運営される習慣が江戸時代末期には一般化しており,近代以降になお引き継がれた。…
…
[日本]
ほとんどすべての芸能は,その発生期においては屋外の大地の上で行われており,むしろ芸能にあっては,長く〈屋外の芸〉もしくは〈大道の芸〉という芸態が当然のことであった。しかし,特に近世以降に人形浄瑠璃,歌舞伎といった舞台芸能が発展すると,〈門付(かどづけ)芸〉〈見世物〉〈物売り(香具師(やし))の芸〉なども広く含めたもろもろの大道の雑芸(ざつげい)は,舞台芸能とははっきり区分けされて意識されるようになった。そしてこの大道芸も,江戸時代を通じてかなり複雑多岐に分化し,最大の繁栄をみせるのであるが,その種類は,節季候(せきぞろ),万歳(まんざい),猿回し,春駒(はるこま),獅子舞,大黒舞,夷舞(えびすまい),ちょろけん,祭文(さいもん)語り(祭文),説経語り(説経),鉢叩(はちたたき),人形回し,太神楽(だいかぐら),鳥追(とりおい),絵解き,八丁鉦(はつちようがね),門談義,辻謡曲,太平記読み,大道講釈,乞食芝居,声色(こわいろ),一人(ひとり)相撲,曲鞠(きよくまり),曲独楽(きよくごま),のぞきからくり,居合抜(いあいぬき)(居合)等々,実に300種以上にものぼるといわれる。…
…祭礼や縁日,盛場などで商売をする大道商人。香具師(やし)ともいう。1872年香具師という名称を停止する布告が出されたのちにできた呼称と思われる。…
…一方,乾見世は〈天道ぼし〉ともいい,これには,唐辛子売,枇杷葉湯(びわようとう)売,スイカの切売,火打鎌売,古着・古道具売などがあった。 このほか,物売には季節ごとに入用な物を売る際物師(きわものし)と,香具師(やし)があった。際物師には正月の祝物,2日のお宝(宝船)売,7日のナズナ売,15日の削掛け売,三月節供の雛祭の諸物売,七夕の竹や短冊売,盆のおがら売,12月のしめ縄売,飾松売などがあった。…
※「香具師」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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