本州中部以北の高山およびその近傍の渓谷,高原などに限って分布する一群のチョウを便宜的に高山チョウと呼ぶ。高山植物の場合と同じく,高山に見られるチョウすべてが高山チョウでは決してない。真の高山地帯に分布が局限されるものは本州では2種,北海道では3種しかない。英語でAlpineといえば,タカネヒカゲ類のことを指す。
本州の高山チョウは,クモマツマキチョウ,ミヤマシロチョウ,ミヤマモンキチョウ,オオイチモンジ,コヒオドシ,タカネキマダラセセリ,ベニヒカゲ,クモマベニヒカゲ,タカネヒカゲの9種とされる。ミヤマシロチョウ,ベニヒカゲ,タカネヒカゲを除く残り6種はヨーロッパまで分布しているもので,日本では遺存種と見なしうるものである。北海道ではウスバキチョウ,ダイセツタカネヒカゲ,アサヒヒョウモン,クモマベニヒカゲ,カラフトルリシジミの5種が高山チョウと呼ばれ,後の3種はヨーロッパにも産する。本州の高山チョウのうち,オオイチモンジ,コヒオドシ,ベニヒカゲは北海道では平地や低山地にも見られるので高山チョウ扱いはされない。これら合計13種とまったく同じか,またはきわめてよく似たチョウが日本海を隔てたロシアの極東部にはすべて見られるのに,本州と北海道で現在のような分布の差異がなぜ生じたのかはむずかしい問題で,地史,古気候,古生物学などの総合的研究によって推論するほかない。いずれにせよ,高山チョウと呼ばれるものは寒冷な気候に適応しているもので,氷河時代には日本列島にも今よりはるかに広く分布していたと推察される。
寒冷地適応のため高山チョウはすべて年1回しか発生しないが,1サイクル1年のほか,1サイクル2年の種類がある。後者が毎夏発生するのは,奇数年発生群と偶数年発生群の2系統があるためである。卵から成虫に育つまで足かけ3年を要するものはタカネヒカゲ,ダイセツタカネヒカゲ,クモマベニヒカゲ,タカネキマダラセセリ,ウスバキチョウの5種である。最初の冬は中齢幼虫か卵で過ごし,2度目の冬は老熟幼虫(ウスバキチョウのみさなぎ)で過ごす。食草は,ミヤマモンキチョウのクロマメノキ,ミヤマシロチョウのメギ,ヘビノボラズ類,アサヒヒョウモンのキバナシャクナゲ,ウスバキチョウのコマクサなどを除けばとくに珍しい植物ではない。カラフトルリシジミはクロマメノキのほか,ガンコウランも食草にしている。ウスバキチョウは大雪山系では豊富なコマクサを食べているが,ロシア沿海州やアラスカなどではキケマン類の普通種を食草としているようであり,ロシアの一部ではほかのウスバシロチョウ類と同じく1サイクル1年で発生している可能性もある。
日本の高山チョウの多くは天然記念物として保護されている。しかし,採集を禁止しても,環境変化によって絶滅に瀕(ひん)している産地が多い。将来は人の手で増殖を図る必要があろう。
執筆者:高倉 忠博
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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