黒崎幸吉(読み)くろさきこうきち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

黒崎幸吉
くろさきこうきち

[生]1886.5.2. 鶴岡
[没]1970.6.6.
キリスト教の伝道者。庄内藩 500石取りの士族の家に出生。第一高等学校を経て 1907年東京帝国大学法学部に入学。 09年柏会の一員として内村鑑三の聖書研究会に出席し,藤井武と親交。 11年大学卒業と同時に住友総本店に入社し,21年まで大阪,東京,別子などを転勤して,住友製鋼所副支配人を最後に退社。 21年2月上京して内村の伝道を助け,のちに独立伝道開始。 22年より3年間ドイツ留学。 26年月刊誌『永遠の生命』を発刊 (1966年 12月,第 423号で終刊) し,文書伝道を始める。 31年以来大阪に移り,黒崎聖書研究会を主宰した。著書は『黒崎幸吉著作集』 (7巻,72~73) にまとめられている。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黒崎幸吉 くろさき-こうきち

1886-1970 大正-昭和時代のキリスト教伝道者。
明治19年5月2日生まれ。東京帝大在学中に内村鑑三の聖書研究会に出席。大正10年妻の死を契機に伝道をこころざして会社を退職し,ヨーロッパに留学。関西を中心に伝道をおこなった。15年個人雑誌「永遠の生命」を創刊。昭和45年6月6日死去。84歳。山形県出身。著作に「註解新約聖書」「新約聖書語句索引」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

くろさきこうきち【黒崎幸吉】

1886‐1970(明治19‐昭和45)
無教会主義の伝道者。山形県鶴岡市に生まれ,第一高等学校を経て東京帝国大学法科大学に入学。このとき内村鑑三を知り,その門下生となる。卒業後住友総本社に勤務したが,10年後妻の死を契機に伝道を志して職を辞し,ドイツでの3年の勉学を終えたのち,これを実行した(1922)。最初は郷里鶴岡で,その後阪神地方で活躍して人望を得た。個人雑誌《永遠の生命》は1926年より40年続いた。《注解新約聖書》《旧約聖書略注》は日本のキリスト教界で幅広く読まれ長く用いられたものの一つ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

黒崎幸吉
くろさきこうきち
(1886―1970)

関西地方における無教会主義運動の指導者。内村鑑三(うちむらかんぞう)門下の一人。東京帝国大学在学中に藤井武(ふじいたけし)、塚本虎二(つかもととらじ)らと内村の集会に出席。会社勤務を経たのち、ヨーロッパ諸大学に学び、1925年(大正14)に帰国、以後文筆伝道活動に専念した。個人月刊誌『永遠の生命』主筆。語学と文献学的聖書研究に優れ、主著に『註解(ちゅうかい)新約聖書』『旧約聖書略解』などがある。[金井新二]

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