郵便物に貼付(ちょうふ)して、郵便料金を前納したことを証するため、国またはそれに準ずる発行体、国の委託を受けた機関、国から認可を受けた企業などが発行する証票。単に切手ともいう。
[天野安治]
世界最初の郵便切手は1840年イギリスで発行された。当時のイギリスではローランド・ヒルRowland Hill(1795―1879)による郵便改革が行われており、その一環として郵便料金はすべて前納されることになったため、それを証明するための証票として切手が発行されたのである。このとき発行されたのは、ビクトリア女王の横顔を描く1ペニー(黒色)と2ペンス(青色)の切手。美しい凹版印刷で、横19ミリメートル×縦22.4ミリメートルの矩形(くけい)、裏糊(のり)はつけられていたが、目打(めうち)(切手を切り離すためのミシンの穴)は入れられていなかった。1ペニーの切手はペニー・ブラックPenny black、2ペンスの切手はペンス・ブルーPence blueの愛称でよばれている。
イギリスの料金前納制は成功し、切手は郵便料金前納を証明する方法としてきわめて便利であることがわかった。その結果、欧米諸国をはじめとして全世界に広がり、以来今日までの180余年間に40万種を超す切手が各国から発行されている。ヒルは郵便料金前納のもう一つの方法として、料額印面をあらかじめ刷り込んだ封筒とレター・シート(折り畳んで、そのまま手紙として差し出せる便箋(びんせん))も用意したが、あまり使用されず、切手貼付の方法が郵便料金前納方法の主流となっていった。
日本では、1871年4月20日(明治4年3月1日=旧暦)政府による東京―大阪間の郵便制度の発足とともに、48文(もん)、100文、200文、500文の4種類の切手が発行された。これは、幕末にオランダから渡来したエッチングの技術を用いて薄手和紙に印刷されており、裏糊も目打もなく、芸術性豊かではあったが、不便きわまりなかった。2匹の竜が向かい合ったものに、周囲に枠をつけた図案部分は、額面ごとに異なった色で印刷されており、その中央に黒色の額面数字が印刷された2色刷りで、竜文(りゅうもん)切手とよばれている。
[天野安治]
初期の郵便切手は郵便料金前納という実用的な目的だけで発行されていたため、図案も紋章や元首の肖像など、じみなものであった。しかし、20世紀に入り、第二次世界大戦前ごろから、切手が郵便物に貼られて全世界に送られることに注目して、これを宣伝媒体として利用する傾向が強くなってきた。これにもっとも積極的であったのがナチス・ドイツであった。さまざまな題材を美しい印刷で表現し、その国の政策や文化の宣伝を行うもので、切手は単なる料金前納の証票から、その国の「顔」あるいは「名刺」といった性格をもつようになってきた。第二次世界大戦後、印刷技術が向上し、多色刷りがあたりまえになってくると、社会主義国を中心に、この傾向はさらに拡大されていく。一方、開発途上国やかつての東欧社会主義諸国では、外国に切手を売って外貨を稼ぐため、収集家の喜ぶような題材の切手も盛んに発行されるようになった。
さらに、通信技術の発達から次々とニューメディアが生まれ、郵便事業はメディアの主役ではなくなってきたこともあって、先進工業諸国では郵便事業の経営がむずかしくなってきた。加えて、郵便事業のなかでも、料金計器が使われたり、料金別納・後納の郵便物が増加し、切手貼付を省略することが多くなってきて、切手は郵便事業の主役の座を失ってきている。その結果、先進工業国でも、むしろ切手自体の市場性に着目して、収集家を目当てとした積極的な発行政策がとられるようになった。このため、切手は料金前納の証票という本来の性格に加えて、あらゆるものを題材とした、小さくて美しい印刷芸術品といった性格を強めつつある現状である。
さらに世界的傾向として、収入増大を図るため、多くの国で多種類の切手を少量ずつ発行するようになり、裏糊を湿らせなくても封筒に貼れるシール式の切手など、変わった形態のものも数多くみられ、21世紀を迎えて、切手は乱発時代に入ってきた。ひとことでいえば、切手は「国の名刺」からお手軽な美しいラベルへとその性格を変えてきたといえよう。これは日本も例外ではない。
[天野安治]
郵便局に常備され、いつでも売られている切手を普通切手という。郵便料金に適応するように料額の異なった多くの種類がそろえてある。図案は一つのテーマで統一され、少なくとも数年間は使用されたのち別のテーマの図案にかえられるのが普通である。日本では、(1)手彫(てぼり)切手(1871~1876)、(2)小判切手(1876~1892)、(3)菊切手(1899~1907)、(4)旧高額切手(1908~1914)、(5)田沢(たざわ)切手(1913~1937)、(6)富士鹿(ふじしか)切手(1922~1937)、(7)震災切手(1923)、(8)新高額切手(1924~1937)、(9)風景切手(1926~1937)、(10)昭和切手(1937~1946)、(11)新昭和切手(1946~1948)、(12)産業図案切手(1948~1950)、(13)昭和すかしなし切手(1951~1952)、(14)動植物国宝図案切手(1950~1965)、(15)新動植物国宝図案切手(1966~1989)、(16)平成切手(1992~2019)というように発行されている。
[天野安治]
郵便料金前納という本来の役目以外に、郵便物に貼られて多くの人の目に触れるという点に着目して、重要な行事などについて宣伝するために一時的に発行される切手。1871年ペルーの鉄道20周年記念切手が世界最初。日本最初のそれは1894年(明治27)の明治天皇銀婚式記念切手(2銭、5銭の2種類)で、世界で4番目。20世紀に入ると、記念切手は美しいものが数多く発行されるようになって、狭い意味の行事を記念するだけでなく、国の政策や文化などを幅広く宣伝する宣伝切手や、収集家を意識した、動植物、美術品、乗り物、スポーツなどを描くシリーズものなどが盛んに発行されるようになってきた。これは日本でも例外ではない。日本ではほかに国立公園・国定公園などを描くシリーズ、年賀郵便用に発行される切手などもある。
[天野安治]
1917年にイタリアで発行されたのが最初。日本では1919年(大正8)に行われた東京―大阪間の航空郵便試験飛行を記念して発行されたのが最初である。外国の航空切手は航空郵便にのみ使える専用切手が多いが、日本のそれは航空郵便料金相当額面の普通切手という性格のものである。航空切手が特別に発行されたのは、初期の航空郵便では、航空機が小さく、一度に少量の郵便物しか積めなかったため、料金が割高だったからである。しかし、郵便物の運送の多くの部分を航空機が占めるようになると、料金は安くなり、航空郵便を特別視する必要はなくなってきた。そのため、世界的に航空切手の発行は減少の傾向にある。
[天野安治]
郵便料金に使用できる金額に、寄付金に使われる金額を上乗せした金額で売られる切手。切手が広く多くの人に売られ、使用されることを利用して、社会福祉・救済事業や文化事業、スポーツ・イベントなどに使用する寄付金を集める目的で発行される。世界最初の付加金付き切手は1897年ニュー・サウス・ウェールズとビクトリア(いずれも現、オーストラリアの1州)のもの。日本のそれは民間航空用の飛行場建設資金募集のため、1937年(昭和12)発行された愛国切手3種類(2銭、3銭、4銭へそれぞれ付加金2銭付き)。
[天野安治]
平時において軍人が軍隊から出す手紙は、郵便料金を安くしたり、通数の制限などの条件をつけて無料にした国がある。このような種類の郵便物専用切手を軍事切手といい、最初は1901年フランスで発行された。日本でも日露戦争後の1910年(明治43)に初めて発行され、1942年(昭和17)ごろまで満州や朝鮮半島に駐屯する下士官、兵士へ支給し使用された。なお、戦争中は、戦地に派遣された軍人には原則として無料の軍事郵便制度が適用された。
[天野安治]
地方切手は、一国のなかの特定地域、特定郵便ルートなどに限って使われた切手で、日本でも1872年(明治5)から数年間、土佐国(高知県)で使用された。旧藩政時代からの特別の郵便制度「村送り」で使われたもの。1945年(昭和20)第二次世界大戦敗戦直後、日本本土との交通が途絶していた台湾でも中華民国に接収される直前に発行された。
[天野安治]
発売されるのは一国のなかの特定の地域であるが、全国どこでも通用する切手が、ふるさと切手である。日本でも、1989年(平成1)から地方郵政局(現、日本郵便株式会社郵便局)単位で発行されるようになり、年々、発行の種類が増えている。そのなかには、普通切手あるいは宣伝切手といったものと、記念切手としての性格をもつものとがある。これらの切手は、その後、特定地域の宣伝をする切手でありながら、全国発売されるように発行形態が変わってきたが、やはりふるさと切手とよんでいる。
[天野安治]
このほか、日本にないものとして、書留郵便専用の書留切手、速達郵便専用の速達切手、小包郵便専用の小包切手、不足料金を徴収するための不足料切手、公用郵便物専用の公用切手などがある。
[天野安治]
日本の切手は、創業以来、郵便事業を所管する官庁が発行してきたが、2003年(平成15)4月から日本郵政公社が、さらに郵便事業が民営化された2007年10月より郵便事業株式会社(2012年より日本郵便)が発行している。かつて、その印刷・製造はほとんどが大蔵省印刷局で行われてきた。この印刷局は2003年4月から独立行政法人国立印刷局となった。現在でも普通切手の大部分はここで製造されているが、記念切手、ふるさと切手などはコスト削減のためその発注に入札制度が導入された結果、フランスのカルトールCartor Security社、凸版印刷株式会社など民間会社製造のものが多くなってきている。外国でも入札制度を採用する国が増加、これに多種類少量生産の傾向も加わって、小規模企業の乱立、競争の様相を呈してきている。
[天野安治]
郵便切手は最初の切手以来、ほとんどが四角形の小型の紙片に印刷されている。小型のため普通は数百枚を縦横に一定の間隔を置いて並べた実用版で印刷する。そのためには原図をもとに彫刻された原版(グラビア印刷の場合は原乾版)から、いろいろな方法を用いて版を増やし、それを大きくつなげて実用版をつくる。これをあらかじめ糊引きしてある用紙に印刷し、切り離すための目打やルレットを入れ、郵便局の窓口で売りやすいように適当な大きさに切断したものが窓口シートで、10枚から100枚、場合によってはそれ以上の枚数の切手がつながった状態になっている。これから必要に応じて切り離して販売されるが、一つのシートのなかに、2種以上の異なった図案の切手がつながった形で印刷された、連刷とよばれる形のもの、同じ切手ではあるが、隣どうしの切手が逆の方向に向けて印刷されているテート・ベッシュなど、切手が変則的なつながり方になっているシートもある。郵便局から売られる切手の単位は、縦横につながったシートのほかに、数枚の切手、場合によっては種類の違う切手を組み合わせて小さな紙片に印刷し、保存に便利なようにした小型シート、1列に数百枚から1000枚つながったコイル切手coil stamps、数枚の切手がつながったペーンpaneとよばれる小さな単位を綴(と)じ、表紙をつけている切手帳bookletなどがある。コイル切手は自動販売機で売られる場合が多い。また、近年、裏糊も湿らせて貼り付ける普通の糊にかわって、シール式のセルフ糊を採用する国が増加しているが、日本も例外ではない。
[天野安治]
切手を印刷するときの版式には基本的に次の4種類がある。
(1)凸版印刷 版面の高く盛り上がったところにインキをつけて印刷する。グーテンベルク以来のもっとも古い版式で、かつては多用されたが、最近はほとんどみかけなくなった。1845年スイスのバーゼル州とオランダ領東インド(現、インドネシア)発行の各最初の切手が、この版式の最初の例。日本では1876年(明治9)イタリア人E・キヨソーネの指導で発行された小判切手が最初で、1950年ごろまでは、普通切手のほとんどはこの版式で印刷されていたが、その後減少、使用されなくなった。
(2)凹版印刷 版面のへこんだ部分にインキをつけて印刷する。できあがった切手はインキが盛り上がったようにみえる。印刷コストは高くつくが、偽物がつくりにくく、なにより仕上がりが美しいので、いまでも使用されている。1840年発行のイギリスの世界最初の切手から使用された。日本では最初の竜文切手から桜切手までの手彫切手はエッチング銅版で、原始的ながら一種の凹版印刷であるが、近代的なその最初は1896年の日清(にっしん)戦争勝利記念切手(4種類)であった。
(3)グラビア印刷 広い意味で凹版の一種で、写真凹版ともよばれる。インキをつける版のへこみを写真と薬品でつくるか、写真と光電管、コンピュータに結び付けられたダイヤモンド針でつくるもので、中間のトーンが出しやすく、原色の印刷に向いている。そのため、切手の多色化が一般的となっている現代を代表する印刷方式となっている。1914年バイエルン公国(現、ドイツ連邦共和国の1州)で発行されたのが世界最初の例。日本では1936年(昭和11)発行の富士箱根国立公園切手(4種類)が最初で、その後、記念切手印刷の主流となった。
(4)平版印刷 水と油は互いにはじくという性質を利用して、凹凸のない版面に油性のインキをつけ、ほかの部分には絶えず水気を与えておいて印刷する。最初は石版の形で行われていたが、ゴムのローラーにいったん転写するオフセット印刷方式が発明され、広く使用されるようになった。1843年スイスのチューリヒ州で発行された最初の切手が平版印刷による最古の例。日本では1921年(大正10)発行の皇太子帰朝記念切手(4種類)がもっとも古い例であるが、これはオフセット方式。関東大震災後、まにあわせに発行された震災切手、第二次世界大戦敗戦前後に発行された昭和切手・新昭和切手の一部もオフセット方式で、このころまでは、平版印刷は偽物がつくられやすいということもあって、まにあわせに発行される場合以外には、あまり使われなかった。しかし、原色の印刷に向いているため、最近では多色刷り切手の印刷に多用されている。また最近では、通常の印刷のほかに、金箔(きんぱく)やホログラムを施した切手、紙以外のものに印刷された切手も出現している。
[天野安治]
切手収集のための分類方法は、発行国別に大別し、そのなかを発行順に整理するか、一国のなかを切手の種類ごとにグループ分けし、そのなかを発行順に並べていくのが伝統的な方法である。具体的には、個々の切手を構成する諸条件のうち、額面や図案、場合によっては刷色や紙質などでまず基本的な分類を行う。これを国ごとに順番に並べ、それに番号を与えたのがメイン・ナンバーmain numberで、これが切手の基本的な種類となる。場合によっては、メイン・ナンバーをさらに、刷色・用紙・印面の細かい違い、目打や裏糊の差異なども加味して細分類したのがサブ・ナンバーsub-numberで、どこまで詳しく分類して集めるかは収集家の好みによって決められる。このように分類された切手が番号順にリストされたのがカタログで、普通は国別にまとめられているが、全世界の切手を網羅した世界切手カタログもある。アメリカの『スコット』、フランスの『イベール』、イギリスの『ギボンズ』、ドイツの『ミヘル』などがそれである。
しかし、いまや全世界を対象とした収集は事実上不可能となり、多くは特定の国を選んで集めるようになってきた。さらに、一国のなかでも特定の種類、とくに普通切手のなかの特定シリーズのみを詳しく分類して集める専門収集も、一部の熱心な収集家の間で行われている。その場合、切手を製造面からだけでなく、郵便物に貼られてどのように使用されたか、ということも加味して分類・収集するのが一般的傾向である。すなわち、再使用防止、取扱局名や年月日を示すため切手に押された消印や日付印から、どこの局でいつごろ使用されたのかを知ることができるし、切手が封筒に貼られたままの状態(郵便物として配達されたままの状態)であれば、これに加えて、どのような種類の郵便に使用され、料金はいくらであった、ということもわかる。このように、あらゆる条件をそろえて分類・整理を行い、製造面、使用面の両方からその切手の全体像を把握できるように系統的に集める、というのが国別収集の究極の姿である。
なお、国別収集の指針となるカタログは各国別に発行されているが、日本切手の場合、メイン・ナンバー中心のものとしては『さくら日本切手カタログ』(日本郵趣協会)、『日本切手カタログ』(日本郵便切手商協同組合)などがあり、さらに専門カタログとしては『日本切手専門カタログ』(日本郵趣出版)があって、前二者は毎年発行されている。
[天野安治]
使用済みの切手やとくにエンタイアentire(郵便物として配達されたままの状態の封筒・葉書類)を使って、郵便が発達・展開されてきた跡を明らかにしようという収集で、近年盛んになってきた。テーマを自分で探し、自分でプランをつくってコレクションを構成しなければならないので、郵便についての深い知識と構成力が要求される知的な収集である。日本の郵便に例をとれば、創業期の郵便、関東大震災や第二次世界大戦期、あるいは敗戦前後の混乱期など、災害や戦争などの非常の際の郵便、戦地の兵士を対象とした軍事郵便、旧植民地の郵便など、興味深い話題とおもしろい材料に富んだ時代が対象となる場合が多い。
[天野安治]
切手の図案にあらゆるものが描かれるようになると、国の枠を離れ、描かれた題材別に分類・収集するやり方がとくに第二次世界大戦後盛んとなった。動物、植物、乗り物、音楽、美術、スポーツなどがおもな題材だが、これらのなかをさらに細分して収集される場合が多い。乗り物の場合でいえば、鉄道、船、自動車、飛行機、馬車などと分けられ、鉄道のなかがさらにSL、電車といったぐあいに細分される。この傾向からさらに一歩進んでテーマ収集が盛んになってきた。単に図案に描かれた同種の題材を集めるというだけでなく、それらを中心に、該当の切手の貼られたエンタイア、同じ題材が描かれた記念消印など、幅広く集め、一つのテーマに沿って切手を中心とした諸材料を組み立て、ストーリーを展開する、という収集方法で、これまた、テーマの設定、材料の選定と組み立て方に個人の創意が強く打ち出されるのが特徴である。
[天野安治]
切手収集の基本は1枚ずつ切り離された単片の収集である。数枚から十数枚の単片を一定の大きさのアルバム・ページにアレンジして貼り、見る人にわかるように説明を書き入れる。1枚のページに貼られる切手は分類・整理するうえで相互に関連のあるものであり、このようなページが数十ページ、数百ページとまとめられて、国別やテーマ別などのコレクションができあがる。それは切手で構成された一つの研究、一つの物語である。このように、切手収集には、収集品の1点ずつの観賞から一歩踏み込んだ、独特の複雑なおもしろさがある。分類の複雑さに加えて、このような系統的収集が切手収集の特徴であり、そのためとくにフィラテリーphilatelyとよばれ、収集家や研究家をフィラテリストphilatelistという。したがって、新発行の記念切手をシートのまま保存するだけだったり、ストック・ブックstock book(各ページに何段かのポケットがあり、それに切手を入れて保存するようになっている帳面)に突っ込んで保存したりするだけの集め方は、ただの「切手集め」であって「切手収集」とはいえない。
[天野安治]
切手収集にはいくつかの用具が必要である。まず、切手の取扱いには、先が平らになった独自のピンセットを使用する。指先の汗や脂で切手が汚れるのを防ぐためである。収蔵のための切手の整理は前述のようにアルバムを使用するが、国別にメイン・ナンバーの切手が順番に貼れるように枠取りをし、それに切手の写真を入れて、切手を貼る位置を明示した図入りアルバムと、集めて整理する人が自由にアレンジして貼れるようになっているブランク・アルバムblank albumがある。前者は主として国別収集の初歩者が使用し、図案別・テーマ収集や、国別収集でも専門的な段階に入った人の場合は後者を使用している。アルバムに切手を貼り付けるには、普通、ヒンジhingeとよばれる裏に糊引きしたグラシン紙の小紙片が使われる。これを使用すると、未使用切手の場合は裏糊に跡が残る場合が多い。そのため、近年はアセテート・フィルムを2枚重ねて下部を接着し、下のそれの裏に糊引きがしてあるマウントmountが使われることもある。これを切手よりすこし大きめに裁断し、裏の糊を湿してアルバムに貼るのである。ストック・ブックは、アルバムに貼る前に一時的に切手を収納しておくのに使われる。これに長い間入れておくのは、切手が整理できず、移動させたりして切手を傷めるおそれもあり、好ましくない。
[天野安治]
切手収集でもっともたいせつなことは切手のコンディション(状態)の維持である。未使用切手は郵便局で売り出されたときの状態に近いものが理想で、具体的にいえば、日焼けしていないフレッシュな状態で、裏糊がそのまま保存されているものがよい。ヒンジの跡はないほうがよく、ことに第二次世界大戦後のものはそうである。ただ、古い切手の場合はあるのが当然であろう。使用済み切手は裏糊はないのがあたりまえだが、押された消印が鮮明で、局名や年号が読めるほうがよい。図案別やテーマ収集では、消印が図案のじゃまになるので、できるだけ未使用で集めるようにする。国別専門収集で使用例を示すときや郵便史コレクションでは、消印が鮮明なうえに、その印影ができるだけ多く切手の上にかかっているのが望ましい。また、未使用・使用済みとも印面と目打との間の余白(マージンmargin)が、上下左右ともそれぞれ等しいものをウェルセンターwell-centeredとよび、できるだけこれに近い状態のものを集めるのがよい。前述の日焼けしたもの、破れ、裂け、紙の一部とくに表面がはげたもの、汚れ、折れ、といった欠点のあるものは、価値が大幅に下がり、新しい切手ではほとんど無価値である。切手のコンディションの維持には保存に注意を払うことがたいせつで、とくに湿気と紫外線とほこりが大敵である。アルバムはかならず外箱のあるものを使い、暗くて湿度の低いところに立てておくのがよい。
[天野安治]
日本の新発行の切手や現行の普通切手は郵便局の窓口で入手できる。また、新発行切手の通信販売を行っているし、過去にさかのぼって在庫のあるものも売られている。外国の新切手も、収集家に対するサービスを行っている各国のフィラテリック・エージェンシーphilatelic agencyに直接注文することができる。しかし、古い切手については、収集家同士の交換もあるが、切手専門に販売している業者から買うのがもっとも早道で、外国切手の場合は新切手も含めて取り扱われている。また、オークションも盛んで、毎月定期的に東京・大阪などで数軒の業者が開催している。使用済み切手については、社会事業団体が集めた紙付き切手(郵便に使われた切手を封筒からすこし余白を残して切り取った状態のもの)を一括買い入れたものを水はがししたり、旧家から古い手紙などを分けてもらう方法もある。
[天野安治]
切手収集家は、互いの収集内容を高めるため、仲間が集まって研究や情報・切手の交換を行うとともに、収集趣味の普及のため、切手の展覧会、機関誌の発行、切手収集の手ほどきをする切手教室、講演会などの活動をしている。収集家の団体には、地域的にまとまったもの、同じ収集分野の者が集まったものなどがあるが、日本で全国的な会員組織をもつ、もっとも大きな収集家の団体は東京に本部をもつ公益財団法人日本郵趣協会(JPS。2019年度の会員数約6600人)で、機関紙『郵趣』を発行している。また、前述のカタログのほか、入門書、各分野の専門書なども発行している。
[天野安治]
世界でもっとも高価な切手(単片)は、1855年発行のスウェーデン1番切手3シリングバンコの刷色エラー。本来青緑のものが黄色で刷られている。黄色は本来8シリングバンコの刷色である。この切手は使用済み1枚しか知られておらず、1996年のスイスのオークションで287万5000スイスフラン(当時のレートで2億5500万円)で落札され、それまでの記録イギリス領ギアナ(現、ガイアナ)の1856年発行1セント切手のもつ1980年のオークションにおける93万5000ドル(当時のレートで2億4000万円)を上回って1枚の切手として最高価で落札された。世界でもっとも高価なエンタイアは、1846年、アメリカで正式に切手が発行される前にアレキサンドリア局の局長が発行した5セント(青色)切手を1枚貼った封筒。1981年、ジュネーブのデビッド・フェルドマンのオークションで100万ドル(当時のレートで2億1500万円)で落札された。
日本でもっとも高価な切手は、1874年(明治7)発行の「桜切手20銭・かな(イ)入り」と1875年発行の「桜切手6銭・茶だいだい・かな(ヨ)入り」。いずれも現存3、4枚。もう一種、最初の切手「竜500文」の中央の額面数字「錢五百文」が逆刷りとなったもの。使用済み1枚のみ発見されている。いずれもカタログで3000万円と評価されているが、「竜500文額面数字逆刷り」は1973年(昭和48)に東京で行われたアメリカのウェイバリー商会のオークションで2100万円で落札された記録がある。ほかの2種類は公開競売の記録はない。
[天野安治]
『天野安治著『日本切手とその集め方』(1977・日本郵趣出版)』▽『魚木五夫著『外国切手の集め方』(1978・日本郵趣出版)』▽『今井修著『切手収集と楽しみ方入門』(1980・小学館)』▽『天野安治著『日本切手の集め方』(1980・日本郵趣出版)』▽『魚木五夫著『正しい切手の集め方』改訂新版(1981・日本郵趣出版)』▽『植村峻著『切手の楽しさ倍増法』(1982・日本郵趣協会)』▽『大谷博著『切手は語る』(1985・潮出版社)』▽『植村峻著『切手の文化誌』(1996・学陽書房)』
国家が郵便料金を収納したことを証するために発行する証票。郵便切手が初めて発行されたのは1840年イギリスにおいてである。創案者はチャルマーズJames Chalmers(1782-1853)であったといわれるが,これを実施したのはR.ヒルである。このときの最初の切手は〈ペニー・ブラックPenny Black〉といわれるもので,黒色でビクトリア女王の肖像を入れた1ペニーの切手であったが,当時はまだ切手を切り離すための目打(めうち)(四方にあけた穴)はなく,一つ一つはさみで切って使用した。このときまで郵便料金は受取人から受け取るか,または現金で郵便局で差し出すときに支払ったが,不便なのであらかじめ切手を買っておいて,いつでも,どこでも封筒にはれば出せるようにした。日本では,1871年(明治4)ヨーロッパの制度にならって新式郵便が実施され,今まで飛脚屋が取り扱っていた民間の事業を官業にしたときに初めて発行されたのがはじまりである。日本最初の切手は4種(48文,100文,200文,500文)で,和紙に銅版で印刷された竜の模様の切手だったので,俗に〈竜切手〉とよばれている。
郵便切手は通常切手のほかに記念すべき行事または人物・史実を記念する記念切手,不足料金を徴収するための不足料切手,航空郵便用の航空切手など多くの特殊の切手がある。19世紀後半になって郵便切手を発行する国が増加し,種類も増してきて今日で何十万種という膨大な数に上るといわれている。郵便切手は証票であるから,初めは発行国の主催者の肖像,国の紋章,数字などを示し,実用性と偽造防止をおもな目的として図案されたが,郵便切手が記念事項を記念し,または慈善の目的で割増金付で発行されたり,国の文化を宣伝するために利用されるようになってから図案も自由になり,同時に印刷術の進歩に伴って初めは単色の凹版,凸版,石版刷りだけであったものが,現在では凸版,凹版のほかにオフセット,グラビアなどの種々の版式が用いられ,色も多色刷の美しいものができるようになってきた。
日本政府の郵便切手は郵政省が発行する。この場合,郵政省は郵政審議会専門委員の意見を聴取している。印刷は大蔵省印刷局が郵政省の注文によって製造する。通常郵便切手は記念切手,特殊切手を除いたもので,つねに郵便局,切手売りさばき所などで売っている切手で,1984年現在1円から1000円まで33種類が印刷発売されている。これらの切手は需要に応じて増刷継続発行されている。記念切手は国または公共団体の催物,たとえば国民体育大会その他の行事,あるいは国際会議などを記念して発行される。特殊切手は鳥,花,文化財,風景などを画材として,多くの場合シリーズで発行される。通常切手に対して,記念切手を含めて通常切手でないものを特殊切手ということもあるが,いずれにしても記念切手,特殊切手は各2000万~3000万枚程度印刷されて全国いっせいに発売され,売り切れると再刷はしない。
→郵便
郵便切手はその図案によって,政治・経済・文化の表徴ともなるので各国とも図案には苦心している。また図案に伴って色彩の点でも,印刷方法についても各国は競っていい切手を発行することに努力している。したがって切手それ自身が美しい一つの美術品であり,記録でもあるのでこれを集める人が少なくない。それゆえ各国政府は郵便局で郵便料金収納用として必要な普通切手以外に,集める人のために美しい切手を作って世界の収集家に売りさばいているところも少なくない。このために郵便局のほかに,収集家のための販売窓口がどこの国にも設置されている。切手を楽しみに収集することは,切手が発行されたのとほとんど同じころから始まったといわれる。収集家の数は当時から比べると,今日では世界に何百万という数にふえている。切手を収集し,研究すること(フィラテリーphilatelyという)は趣味であると同時に学術的な部門となっていて,図案,印刷,資料等の研究にはそれぞれの専門家が各国にいる。そして同好者はそれぞれ会,クラブなどを結成して研究発表,交換などを行っているほかに,各国で展覧会が開催され,出品物に対して権威ある審査が行われて賞を与えている。切手の収集および研究には毎年刊行されるカタログ(イギリス,フランス,ドイツ,アメリカなど),参考書,月刊・週刊の雑誌などのほかに,各国では新聞,ラジオ,テレビジョン等で専門家が切手の解説など行っている。日本で収集が始められ,組織的な会合などを開き,雑誌が刊行されたのは欧米よりはるかにおくれて大正年代からである。第2次大戦後は急速に発達し各地に同好者の団体ができ,専門の雑誌も権威ある研究家の執筆になるものが現れ,単行本も多数出版されている。
封筒から切手をはがすときは切手の周囲を封筒から切り抜き,水の中へ切手を裏向けにして浮かべる。完全にはがれたら,ピンセットでつまみ上げ,吸取紙などにはさんで水分をとり,これを別の吸取紙にはさんで本などで重しをかけてかわかす。切手はアルバムにヒンジhinge(のりを引いた小さな紙きれ)ではって保存するが,未使用切手の場合,日本など湿気の多い国では切手の裏のりがアルバムにはりつくことがあるから,なるべくかわいた所へおく。アルバムは積み重ねずに必ず立てておく。アメリカやチェコスロバキアの切手は裏のりがとけやすいので,のりの面に滑石粉末をすり込んで,はりつくことを防ぐ方法も行われている。アルバムには,未整理や重複切手を保存するストック・アルバム,シートのまま保存するシート・アルバムなどがある。切手の取扱いは,指紋やよごれをつけないために必ずピンセットを用いることが必要である。切手は状態の悪いものは機会があればいいものと取り替えることが望ましい。目打が欠けて切れたり,切手に折り目,しわなどがあったり,消印があまり黒く全面をよごしたものなどは好ましくない。未使用切手を集めるか,使用ずみを集めるかは集める人の好むところによってみずから決めることである。
切手が初めて発行されてから百数十年になるので,世界に1枚または2枚しか存在しないというような珍しいものもでき,ひじょうに高価な切手もある。希少価値が生じたために珍しい切手を偽造するものもできて,高価な切手は専門の鑑定家でなければ見分けがつかないくらい巧妙な偽造品も多く世界に散在している。ともかく,郵便切手は証票としての使命のほかに教材として,資料として,今日ではとうとい文化財となっているのであって,切手を財産として買い入れ,これを利殖の目的にすることは,純フィラテリーの立場からははずれたものと考えられる。
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…印紙に関する取締法規として,偽造・変造を取り締まる印紙犯罪処罰法(1909公布)および印紙の模造を取り締まる印紙等模造取締法(1947公布)がある。なお,郵便切手は,郵便料徴収の手段として発行されるので,印紙と同様の機能を営むものであるが,法令上の取扱いは印紙と区別されており,ここでいう印紙には含まれない。【浜本 英輔】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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