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郵便 ゆうびん postal service

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

郵便
ゆうびん
postal service

公私の書状や印刷物,小包などを一定の機関によって送達する制度。前600年古代ペルシアで始まったといわれる。近代郵便制度はイギリスローランドヒルが提案して 1840年から実施され,世界各国がこれにならった。

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デジタル大辞泉の解説

ゆう‐びん〔イウ‐〕【郵便】

書状・はがきや荷物などを宛先の人に送り届ける通信事業。日本の郵便制度は前島密(まえじまひそか)により、明治4年(1871)発足。官営事業から平成15年(2003)日本郵政公社として公社化され、平成19年(2007)郵政民営化により、日本郵政グループへと引き継がれた。「荷物を―で送る」「速達―」「航空―」
郵便物」の略。「―が届く」「―を出す」

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百科事典マイペディアの解説

郵便【ゆうびん】

手紙・はがきなどの信書,印刷物などの文書,その他小型物品などを全国・全世界に送達する制度。各国とも多くは政府の独占事業とされてきた。郵便は,飛脚駅伝制度として古代からあったが,近代的形態をとったのは16世紀に神聖ローマ帝国で始まったタクシス家による郵便事業以来のこととされる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゆうびん【郵便】

郵便は信書(手紙,はがき)を制度化された組織によって送達するものであるが,郵便に関する法令の定めにより,物品,書籍を小包として送ったり,現金を送ること,新聞,雑誌等を送ったりすることも制度的に開かれている。生活の実態に合わせ,郵便物として扱う対象も拡張,整理されて今日に至っている。 人間がそれぞれの存在を意識しはじめたとき,それぞれの意思を意識的に伝えようとすることになり,集団化,社会化が進むにしたがってその伝達手段は高度化し,広がりをもってきた。

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大辞林 第三版の解説

ゆうびん【郵便】

信書やその他郵便法によって定められた物を国内外に送達する通信制度。日本では、従来の飛脚にかわって、前島密ひそかの提案により1871年(明治4)国営事業として発足。
「郵便物」の略。 〔江戸期に「飛脚を利用して書状などを送る仕事」をさす。明治期に英語の mail や post の訳語となる。「附音挿図英和字彙」(1873年)に mail の訳語として載る〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

郵便
ゆうびん
post英語
mailアメリカ英語
Postドイツ語
posteフランス語

郵便の意義と機能

郵便とは、信書および所定の条件を備えた物品をあて先に送達する制度をいう。[山口 修・小林正義]
字義
そもそも「郵」とは、古代中国において「宿場」のことであった。また宿場を通じて人馬により文書などを継ぎ立てたから「伝達」の意味にも用いられた。さらに宋(そう)代以後になると、公文書を伝達する方法として駅逓(えきてい)と郵逓との区別が設けられた。駅逓はその字のとおり、騎馬によって送達される。郵逓は歩逓ともよばれ、人間の脚によって送達した。そこから「郵」は、人間が歩いて、あるいは走って、文書を伝達するという意味をもつようになる。
 日本の江戸時代において、幕府御用の継飛脚(つぎびきゃく)は、ひたすら走って公用文書を送達した。民間で発達した町飛脚は、遠路の場合には馬に乗ったが、ゆっくり歩き、また近距離の場合には人間の脚で送達した。そこから漢学者のなかには、飛脚による送達を「郵便」と表現する者もあった。1871年(明治4)近代郵便の制度が発足するにあたり、立案者である前島密(ひそか)は、こうした沿革を踏まえて「郵便」の語を採用したわけである。当時は交通機関が発達していなかったから、当然のことながら、差し出された文書は人間の脚によって送達され、配達されたのであった。[山口 修・小林正義]
国営事業
近代の郵便制度は1840年にまずイギリスで始められた。この制度の根幹は、国家機関が運営(国営)し、同一種類の郵便物は全国を通じて料金を均一にする(均一料金)、また料金は郵便切手をもって収める(料金前納)、というものであった。わが国の近代郵便も、このような趣旨を踏まえて発足したのであった。
 郵便事業を国営とする理由はいくつかあげられよう。郵便は、信書の送達を業務とするものであり、信書の秘密は利用者の基本的人権を守るためにも、これを確保しなければならない。すなわち郵便事業は、国営によって、その確保を期そうというわけである。次に郵便は、国民の日常生活に欠くことのできない基本的な通信手段であるから、その料金は、できる限り安くしなければならない。営利を目的とする民営をもってしては、この要請に応じることが困難であろう。
 また郵便事業のように、広く国民一般が簡便に利用する公共性の高いものは、全国を通じた一つの組織をもって経営することが適当である。これによって全国隅々までサービスをあまねく公平に提供することができる。しかも、経営上の都合によってサービスの提供が停止されるようなことがあってはならない。さらに郵便は、外国とも交換するものであるから、その連絡は、それぞれの政府相互の間で行うことが便宜である。以上のような理由により、郵便事業は各国とも国家機関によって経営されてきた。2003年(平成15)4月1日、郵政事業庁から郵便事業を含む郵政三事業を引き継いで発足した日本郵政公社も、国営の公社であった。その後、郵政民営化により、2007年(平成19)10月1日、日本郵政公社は日本郵政グループへと分社化され、日本における郵便事業は国営というかたちではなくなったが、きわめて公共性の強い特殊な事業であることに変わりはないといえよう。[山口 修・小林正義]
基本法規
日本の郵便の基本法である郵便法(昭和22年法律165号)も、郵便事業を経営する原則に関して次のように規定している。すなわち、郵便事業は「郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に提供することによつて、公共の福祉を増進することを目的とする」(1条)。そして「郵便は、国の行う事業」(2条)であり、国以外の個人や法人が「郵便の業務」あるいは「他人の信書の送達」を業としてはならない(5条)。検閲の禁止と、通信の秘密の確保は、国民の権利として日本国憲法第21条に保障されている。郵便物に関しては郵便法が明白に規定した。すなわち「郵便物の検閲は、これをしてはならない」(8条)、および「郵政事業庁の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない」(9条)ことである。さらに郵便の業務に従事する者は、郵便物に関して知りえた他人の秘密を、在職中も、退職後も、守らなければならないことも規定されている。これらの原則は、日本郵政公社となっても基本は変わらないが、2条、5条、9条が次のように改正された。2条は「郵便の業務は、この法律の定めるところにより、日本郵政公社が行う」となった。5条の「事業の独占」では、公社以外の者は、何人も「郵便の業務」を業としてはならない。ただし、公社が、契約により公社のための業務の一部を行わせることを妨げない。また、「公社(契約により公社のため郵便の業務の一部を行うものを含む。)以外のものは、何人も、他人の信書の送達を業としてはならない」となり、9条の「郵政事業庁」は「公社」となった。その後、2005年10月に成立した郵政民営化法により、日本郵政公社は民営・分社化されることになり、郵便法も次のように改正された。第2条の郵便の実施については「日本郵政公社」から「郵便事業株式会社」に改められた。郵便に関する料金は第67条第1項で「あらかじめ、総務大臣に届け出なければならない」とされ、第一種・第二種郵便物(一般の手紙・葉書)の料金が認可制から事前届出制へ変更された。ゆうパック(一般小包)、EXPACK(エクスパック)500(定型小包)、ポスパケット(簡易小包)、ゆうメール(冊子小包)などの小包は、郵便法の適用外となり、郵便物ではなくなった(小包は貨物自動車運送事業法等の対象となり、料金は事前届出制から事後報告制へ変更)。また、書留、引受時刻証明、配達証明、内容証明、特別送達の提供については義務づけられているが、速達、代金引換、年賀特別郵便の提供は郵便事業会社の任意となった(第44条第1項)。内容証明、特別送達の取扱いについては、信頼性を維持するという観点から、郵便認証司(新設された国家資格。内容証明および特別送達の取扱いに係る認証を行う者であり、認証事務に関し必要な知識および能力を有する者のうちから、それぞれの会社の推薦に基づいて総務大臣が任命)が行うことになった(第48条第2項、第49条第2項、第59条)。[山口 修・小林正義]

郵便の歴史


世界

駅伝制度
郵便という機能が通信文の送達ということにあると考えれば、そのような施設をもっとも早くつくった国は、古代ペルシア帝国であったといえるであろう。ペルシアにおいては紀元前6世紀のなかば、キロス大王がオリエント世界を統一すると、いわゆる駅伝制度を整備した。すなわち、広大な領域の中を走る道路の、一定の距離ごとに馬と人員とを置き、重要な命令や報告は、馬を乗り継ぎながら全速力で疾走して送達したのである。このような駅伝制度は、やがてローマ帝国の採用するところとなった。ローマが堅固な街道を開いたことは有名であるが、やはり一定の距離ごとに宿場や駅場を設け、公用の通信は使者が馬や車を乗り継いで送り届けた。駅伝制度は、帝国の秩序を維持するためには必須(ひっす)の施設であった。
 同様の制度は、古代中国においても整備されていた。そもそも「駅」とは馬を置いた施設であり、「伝(傳)」とは車を置いた施設を表す。ローマの盛時と同時代にあたる秦(しん)・漢の帝国において、やはり駅伝制度は確立されていた。後の唐代に至ると、いよいよ整備される。この唐代の駅伝制度をわが国も取り入れ、律令(りつりょう)時代の駅制となるわけである。しかし古代の駅伝制度は、いずれも公用のものであって、一般の人民が利用することはできない。中国においても公衆の通信を取り扱う施設(民信局)が発足するのは、明(みん)代、15世紀以後のことである。[山口 修・小林正義]
タキシス郵便
ヨーロッパでは中世のキリスト教世界において、教皇庁と僧院、また僧院と僧尼との間に、通信を運ぶ使者の往来が盛んとなった。また12世紀以後、大学が建てられ、各地から学生が集まると、その故郷との通信のために、いわゆる大学飛脚が登場した。さらに商業の発達は、取引のうえでの通信を盛んにし、ことに腐敗しやすい肉類を運ぶ肉屋は、機能の優れた車や馬を使用した。これが信書をも運ぶようになったのである。肉屋郵便とよばれ、到着を知らせる「らっぱ」は、今日に至るまで郵便のマークとして用いられている。こうした各地の飛脚や郵便を統合し、16世紀初めに広く一般の利用に供する郵便事業を開いたのはタキシス家である。タキシス家は神聖ローマ皇帝から、領内における郵便事業の独占と、これを世襲する権利を与えられ、以後、タキシス家はヨーロッパの各地を結んで、タキシス郵便の業務を発達させた。[山口 修・小林正義]
近代郵便制度の確立
イギリスにおいては、国営の郵便が16世紀初めから開かれていた。ただし、これは王室の専用で、民衆は利用できない。ようやく1635年、国営の郵便が一般国民に開放されるに至る。それまでにも民営の試みはあったが、政府の弾圧によって永続できなかったわけである。1680年、ロンドンの商人ドクラW.Dockwraが創設したペニー郵便は、1ペニーという安い料金で郵便物を引き受け、料金の収納印を押して、戸別に配達するという、画期的な事業であった。しかし、たちまち営業停止を命じられ、その仕組みは国営の郵便のなかに吸収されてしまった。
 この後の郵便業務は、受取人による料金の後納を認め、しかも料金は手紙の枚数と距離の遠近によって異なるうえ、しだいに引き上げられてゆく。これに根本的な改革を加えたのがローランド・ヒルであった。ヒルの提案によって1840年、郵便の最低料金は1ペニーに抑え、全国を距離にかかわらず均一の料金とした。しかも料金は前納に限り、前納の方法として、郵便切手を発行した。ここに近代郵便の制度は確立し、各国もしだいにイギリスの例に倣うようになったのである。欧米の諸国が近代郵便の制度を整備すると、外国との郵便交換にも統一された組織がつくられることを期待するようになる。ドイツのシュテファンらの尽力によって、1874年にスイスのベルンで万国郵便連合(UPU)が結成された。[山口 修・小林正義]
日本

宿駅制度と飛脚
律令によって整備された駅制は、律令制の衰微によって衰え、やがて駅にかわって宿(しゅく)が発生した。この宿を結んで、鎌倉時代には早馬(はやうま)が走る。ただし、駅を結んだ駅馬(えきば)も、武家の早馬も、いわば公用の施設であった。江戸幕府が開いた継(つぎ)飛脚も幕府御用の通信施設である。17世紀の後半、江戸―京都―大坂間を結ぶ町飛脚が開業され、ここに初めて公衆の利用に供する民営の郵便が発足する。飛脚の通う路線もしだいに拡大し、また市街地を巡る飛脚も生まれた。しかし飛脚の料金は高く、送達の速度も一定していない。一般の庶民には利用しにくかった。[山口 修・小林正義]
新式郵便の発足
明治政府が成立し、交通運輸の事務を担当した前島密(ひそか)は、飛脚に支払う料金があまりに高額であることに着目した。そこで外国の制度に倣い、郵便の国営を提案した。前島の構想によって1871年4月20日(明治4年3月1日=旧暦)に発足したのが「新式郵便」である(4月20日を逓信(ていしん)記念日とするのはこれにちなむ)。初めて郵便切手も発行された。郵便の路線は、まず東京―京都―大阪間に開かれたが、次々に延長され、1872年8月にはほぼ全国に拡大された。また料金も当初は距離制によったが、1873年4月には全国に均一料金を実施するに至る。このころまで旧来の飛脚も営業を続けていたが、同年5月には郵便事業を政府の専掌とし、ここに近代郵便の基盤が確立したのである。[山口 修・小林正義]
管掌官庁と法令
創業以来郵便事業を管掌した官庁は駅逓寮であり、初めは大蔵省に、のち内務省に属して(1874)、駅逓局と改称され(1877)、さらに農商務省に属した(1881)。1885年12月、内閣制度の発足に伴って逓信省が新設され、郵便をはじめ為替(かわせ)貯金や海運・航空までを統轄する中央官庁となる。逓信省は第二次世界大戦中の機構改革によって運輸通信省傘下の通信院あるいは逓信院となったが、1946年(昭和21)7月に復活し、さらに49年6月、郵政省と電気通信省(のち日本電信電話公社となり、さらに日本電信電話株式会社(NTT)グループとなる)とに分割される。中央省庁再編により、郵政省は総務庁、自治省とともに再編統合され、2001年(平成13)1月から総務省となり、郵政三事業は企画部門と実務部門に分かれた。このうち実務部門が「郵政事業庁」となり、2003年(平成15)には新型の国営公社「日本郵政公社」に引き継がれた。その後、郵政民営化により、2007年10月1日、日本郵政公社が日本郵政グループへと分社化された。日本郵政グループは、持株会社「日本郵政株式会社」と、四つの事業会社「郵便局株式会社(郵便局)」「郵便事業株式会社(日本郵便)」「株式会社ゆうちょ銀行」「株式会社かんぽ生命保険(かんぽ生命)」からなり、日本郵政公社の事業を引き継いだ。
 郵便の現業機関として、当初は郵便役所のほか、民間の有志を郵便取扱人(役)に任命し、その自宅をもって郵便取扱所が開設された。1875年(明治8)よりこれらの機関はすべて郵便局と称したが、取扱役の名称や役柄は変わらず、86年4月からは三等郵便局に列せられた。これが、いまの特定郵便局の前身である。郵便の現業業務の多くは、取扱所―三等局―特定局が担ってきたのであった。
 郵便の法令としては、1871年12月に郵便規則が公布(1872施行)され、年ごとに改定を加えて公布が続けられた。82年12月、新たに郵便条例が公布され事業の基本法となる(1883施行)。1892年6月には小包郵便法を公布し、10月から小包郵便の取扱いを開始した。さらに1900年(明治33)10月、旧来の法規を整理し、郵便法(旧法)などを施行して、事業に関する法体系を確立した。取扱いの手続などについては別に郵便規則、郵便取扱規程などが制定されている。第二次世界大戦を経て日本国憲法が公布(1946)され、旧来の法規も憲法の精神にのっとって新しい内容と形式を備えたものであることが求められ、1947年12月に新たな郵便法が公布された。その後、2003年に日本郵政公社が発足し、郵便法の改正が行われた。第2条の「郵便の国営」は、「郵便の実施」に改められ、条文も「郵便は、国の行う事業であって、総務大臣が、これを管理する」が、「郵便の業務は、この法律の定めるところにより、日本郵政公社(以下「公社」という)が行う」となり、郵便料金などについても、改正された。さらに、2005年10月に成立した郵政民営化法により、日本郵政公社は民営・分社化されることになり、2007年10月1日の民営化実施に伴い解散、郵政事業は、日本郵政グループに移管された。これに伴い、郵便法も改正された。第2条の郵便の実施については「日本郵政公社」から「郵便事業株式会社」に改められ、ほかにも郵便物の種別・適用、郵便料金、特別送達や内容証明の取扱いなどについての変更が行われた。[山口 修・小林正義]
近年の動向
郵便の業務は、創業の直後に書留の制度が設けられたのに始まり、事業の発展に伴って、さまざまの特殊取扱いが加えられている。その沿革については年表「日本の郵便制度の歴史」を参照されたい。とくに1985年以後は、郵便の差出しに関する各種の制限も撤廃され、時代の要求に応じて多様なサービスが開設されている。
 近年は、電気通信の発達によって、情報社会が大きく進展しているが、やはり郵便は、通信手段のなかでも、簡便かつ安価であり、しかも記録性を保有している。将来にわたって、郵便は、貴重な通信手段として、社会的な役割を果たし続けるであろう。[山口 修・小林正義]

郵便事業の機関と業務


管理機関
郵便事業を統轄してきた主務官庁は総務省(旧郵政省)で、郵便事業のほか、郵便貯金・郵便為替(かわせ)・郵便振替の事業、簡易生命保険および郵便年金の事業を経営し、電気通信に関する行政事務をあわせ、一体的に遂行してきたが、前記日本郵政公社の発足に伴い、総務省は、「郵政事業の適正かつ確実な実施の確保」のため、「郵政事業に関する制度の企画及び立案、日本郵政公社の監督、信書便事業の監督」が、所掌事務となった。従来の郵政企画管理局が組織改正され、新設の郵政行政局があたる。郵便事業をつかさどるのは企画部門が前記総務省郵政行政局と、公社の経営企画部、郵政総合研究所などの企画部門、実務部門が公社の郵便事業本部である。公社の地方機関として郵便の業務を分掌しているのが、全国12か所に設けられた地方支社、および沖縄事務所である。また別に地方監査本部が設けられ、犯罪や事故の調査・処理にあたっている。[山口 修・小林正義]
現業機関
公社地方支社の管轄のもとで、郵便の現業事務を行っている機関が、全国に約2万局設置されている郵便局である。郵政省設置法(1948。2001年からは郵政事業庁設置法、2003年から日本郵政公社法)に基づいて設けられた郵便局は、普通郵便局と特定郵便局とに大別される。ただし一般の人にとって、両者の区別はむずかしい。郵便局の機能のうえからは、集配局と無集配局とに分けられる。郵便局とは別に簡易郵便局法(1949)によって設置されている簡易郵便局がある。[山口 修・小林正義]
郵便業務
こうした郵便局は、郵便物を正確かつ迅速にあて先へ届けるまで、どのような作業を行っているのであろうか。一般の郵便物は、差出人が郵便差出箱(ポスト)に入れるか、あるいは郵便局の窓口に差し出す。差出箱に入れられた郵便物、あるいは無集配局および簡易郵便局の窓口に差し出された郵便物は、一定の時間に「取集め」られて集配局に送られる。集配局では、取り集められた郵便物を、種類別に取りそろえて、郵便切手や(葉書などの)料額印面を通信日付印(スタンプ)で消印する。そのうえで、あて先別に「区分」し、方面別にまとめて郵袋(ゆうたい)(またはコンテナ)に入れ、全国84か所に設けられている地域区分局のうちの受持ち局に送り出す。大都市には集中局が設けられ、完全な機械作業によって取集した郵便物を処理し、また各局間の継送業務を行っている。集中局は、まさしく現代を担う、新しい形の郵便局といえるであろう。各局間の「運送」は、自動車や航空機、および船舶など、利用できる限りの交通機関によって行われる。かつては鉄道による運送、すなわち鉄道郵便が大きな役割を占めていたが、1984年(昭和59)2月、自動車主体のシステムに切り替えられ、86年10月、鉄道郵便局は廃止された。
 こうして名あて局に到着した郵便物は、外務職員によって「配達」されるわけである。郵便物は、あて先まで配達することが原則であるが、局内に郵便私書箱を設け、私書箱で郵便物を受け取ることもできる。また郵便物を一定期間、局に「留置(とめお)」き、受取人が出頭して受け取ることもできる。3階以上の建造物には1階に「郵便受箱」を設けることが義務づけられており、郵便物はその受箱に配達される。
 なお、郵便物の区分作業を能率的に行うため、今日、世界各国で郵便番号制が採用され、あて名のコード化と区分作業の機械化が進められている。日本では1968年に5桁(けた)の郵便番号が導入されたが、98年(平成10)2月から7桁の新郵便番号が実施されている。[山口 修・小林正義]
利用状況
郵便の利用は創業以来順調な進展を示してきたが、第二次世界大戦とその後の占領時代にあたっては大幅に減少した。郵便物数が昭和前期(1930年代)の水準にまで回復するのは1955年(昭和30)のことである。しかも、かつては信書のように個人的な利用が主体であった。ところが昭和20年代の後半から、経済の高度成長と消費革命の進行を反映して、業務用通信が増加してゆく。とくに広告媒体としてダイレクト・メール(DM)の利用が盛んとなった。1980年代中盤以降の10年間の普通通常郵便の利用状況をみると、私人からの差出通数は全体の20%に満たないのに対し、私人の受取通数は60%を大きく超えている。この傾向は90年代後半になっても変わらず、2000年度(平成12)の調査では、私人の差出通数は17.5%、受取通数は66.2%を占めている(郵政事業庁「郵便利用構造調査」より)。[山口 修・小林正義]

郵便物の種類


 郵便物は内国郵便物と国際郵便物とに分けられ、それぞれ通常郵便物と小包郵便物とに大別される。まず内国郵便物についてその種類をみてゆこう。[山口 修・小林正義]
通常郵便物
通常郵便物は第1種から第4種まで4種類に分類されている。かつては第5種までに分類されていたが、1966年(昭和41)の郵便法改正により、従来の第5種(印刷書状)が廃止され、第1種に統合された。
(1)第1種郵便物 第1種郵便物は、「筆書した書状」を内容とするもの、郵便書簡、および第2種・第3種・第4種郵便物に該当しないものすべてを含む。そして郵便書簡を除いた第1種は、定形と定形外とに分類される。定形郵便物の最大限は、長さ23.5センチメートル(以下センチと省略)、幅12センチ、厚さ1センチであり、重量50グラムまで。この制限は、郵便物を機械によって処理するために設けられた。この制限を超えたものは定形外として処理される。その最大限は長さ60センチ、縦+横+厚さ=90センチ、重量は4キログラム(以下キロと省略)まで。そして最小限は14×9センチとされている。円筒状のものは、長さ14センチ、直径3センチが最小限である。こうした制限は第3種、第4種においても同様となっている。郵便書簡は、愛称「ミニレター」とよばれ、簡易な通信の用に供するとともに、郵便物の定形化を目的として設けられた。一定の規格によって作成され、料額印面付き便箋(びんせん)兼用の封筒であり、重量は25グラムまで。料金も定形郵便物より低く設定されている。
(2)第2種郵便物 第2種郵便物は郵便葉書であり、通常葉書、往復葉書、小包葉書(2003年4月1日より販売中止)に区別される。このうち通常葉書と往復葉書には、日本郵政公社が発行する官製葉書と、一般民間で調製する私製葉書とがある。私製葉書は、官製葉書の規格および様式を標準としたものにつき、作製が認められる。1900年(明治33)10月から私製葉書が認められたことにより、絵葉書の私製が盛んになった。
(3)第3種郵便物 第3種郵便物とは、毎月1回以上発行する定期刊行物であって、一定の基準で認可されたものをいう。第3種として認可されれば、低料で郵送することができる。この制度は、文化の普及向上に貢献すると認められる刊行物の郵送料を安くして、その入手を容易にし、社会や文化の発展に資するという趣旨で設けられた。さらに第3種は、その発行回数などにより、一般第3種と低料第3種に分けられる。低料第3種として取り扱われるものは、毎月3回以上発行する新聞紙、心身障害者団体の発行する定期刊行物である。一般、低料とも、第3種の重量は1キロを超えてはならない。
(4)第4種郵便物 第4種郵便物は、特定の目的で国民の福祉増進に貢献するものの郵送料を安くするために設けられた。これには、通信教育のための郵便物、盲人用の点字郵便物や録音物などの郵便物、農産種苗などを内容とする郵便物、および学術刊行物が含まれる。その重量制限は、盲人用の郵便物が3キロ、その他は1キロである。ただし、盲人用郵便物は無料である。なお第3種、第4種とも、開封として差し出さなければならない。[山口 修・小林正義]
小包郵便物
小包郵便物は、信書および郵便禁制品(発火性の物、毒物など)以外で、大きさや重量の制限以内のものであれば、表面に「小包」と記載して差し出すことができる。その重量制限は20キロ、大きさは1辺が1メートル、2辺と厚さの合計が1.5メートルまでである。そして普通小包のほか、冊子小包(旧書籍小包)、心身障害者用冊子小包、聴覚障害者用小包、盲人用点字小包の制度が設けられており、いずれも料金は低くなっている。[山口 修・小林正義]
郵便料金
これら郵便物の料金は、かつては国会の審議を経て、法律により定められていた。しかし1971年(昭和46)の郵便法改正により、第1種、第2種以外は郵政省令(2001年から総務省令)に委任され、さらに81年度からは第1種、第2種の料金も省令に委任された。2003年の日本郵政公社発足後は、総務大臣の認可、あるいは総務大臣への届け出によって、郵便料金の決定、変更ができるようになった。[山口 修・小林正義]
郵便物の特殊取扱い
郵便物の特殊取扱いとは、郵便物の引受け、運送および配達についての普通取扱いに対するものであって、社会の要請に応じて設けられ、その種類も幾たびか変遷した。現在行われている主要な特殊取扱いは次のとおりである。[山口 修・小林正義]
書留
現在の書留制度は、1951年6月から実施されている一般書留と、66年7月から実施の簡易書留との2種類からなっている。一般書留は、その引受けから配達までの全送達経路を記録し、確実な送達を図るものである。取扱い中に万一、亡失または毀損(きそん)した場合には、差出人が申し出た損害賠償額の範囲内で、その実損額が賠償される。簡易書留は、引受けと配達の際のみ記録して、送達途中は1通ごとの記録は行わない。また事故の場合には、一定金額までの実損額を賠償する。[山口 修・小林正義]
速達
速達とは、当該郵便物を、これと同一種類の郵便物で速達としないものに優先して送達する制度である。したがって速達郵便物は、もっとも速やかな運送便で運送し、配達局に到着したのちは、もっとも速やかな配達便で配達する。[山口 修・小林正義]
引受時刻証明
郵便物の引受時刻を証明する制度である。この制度は、鉱業権を取得するための出願や、特許、実用新案、商標の登録のための出願など、願書を先に発送した者に優先権が与えられる場合に利用される。こうした取扱いは、1891年(明治24)に鉱業関係の郵便物について行われ、1901年には特許、意匠、商標についても取り扱われるようになった。そして1908年、制度として開設されるに至ったものである。なお引受時刻証明は、一般書留郵便物について行われ、郵便物の種類や内容に関しては制限がない。[山口 修・小林正義]
配達証明
郵便物を配達し、または交付した事実を証明する制度である。配達証明の取扱いは、一般書留郵便物について行われ、郵便物を差し出した際ばかりでなく、差し出したあとでも、差出しの日から1年以内はこの取扱いを受けることができる。この制度は1892年に設けられた。[山口 修・小林正義]
内容証明
郵便物の内容である文書について、いつ、いかなる内容の郵便物を、だれからだれにあてて差し出したということを、差出人が作成した謄本によって証明する制度である。法律上の権利に関する文書などの内容を、後日の証拠として残しておく必要のある場合などに利用される。この制度は1910年に設けられた。内容証明とすることのできる郵便物は、仮名、漢字、数字そのほか所定の文字または記号によって記載した文書、1通のみを内容とする通常郵便物で、一般書留とするものに限られる。文書以外の物品を封入することはできない。また内容証明には、普通の内容証明のほか、同文内容証明というものがある。これは、同時に2個以上の内容証明を差し出す場合において、その内容文書が同一内容のものをいう。[山口 修・小林正義]
代金引換
郵便物を、代金と引換えに名あて人に交付し、その代金を郵便為替(かわせ)または郵便振替で差出人に交付する制度である。通信販売などに多く利用され、1896年11月に開始された。その取扱いは、一般書留とするものに限られ、郵便物の種類や内容に関しては制限がない。[山口 修・小林正義]
特別送達
裁判所から訴訟関係者にあてて差し出す訴訟関係書類などを、特別の方法によって送達し、その送達の事実を差出人に証明する制度である。特別送達とすることができる郵便物は、刑事訴訟法などの法律の規定に基づいて、民事訴訟法に掲げる方法によって送達すべき書類を内容とする通常郵便物で、一般書留としたものに限られる。この制度は1891年7月より訴訟書類郵便送達手続として開設された。1909年11月には特許審判書類特別取扱郵便も加えられ、さらに29年10月、訴訟、審判および審査書類郵便として取扱いの内容が整備された。現行のように特別送達と改称されたのは1948年1月である。[山口 修・小林正義]
年賀特別郵便
年賀状の取扱いを簡便にするため、年内の一定期間に差し出された年賀状を、翌年1月1日の最先便から配達する制度である。年賀郵便の特別取扱いは1899年から行われたが、1906年に制度化された。従来は葉書のみが特別取扱いの対象となっていたが、1986年から書状も認められている。[山口 修・小林正義]
ビジネス郵便
所定の郵便局に設置した郵便私書箱を使用する者にあてて、所定の郵便局に一定の時刻までに差し出された郵便物を、指定した運送便によって運送し、一定の時刻に当該の私書箱に配達する制度である。ビジネス郵便は郵便の大口利用者のために、書留と速達を組み合わせたもので、1968年10月から取扱いが開始され、82年11月から制度として整備された。[山口 修・小林正義]
新超特急郵便・新特急郵便
新超特急郵便は、利用者から電話などにより利用の申し出があった場合、所定の郵便局からバイクなどで集荷に赴き、郵便物を引き受けて、そのまま速やかにあて先に配達するサービスである。新超特急郵便物は一般書留以外の特別取扱いとすることができない。1985年7月から、まず東京都区内の一部で実施され、86年以後は、東京23区、大阪、名古屋、札幌、福岡の5地域内で行われてきたが、2003年4月に廃止された。また、新特急郵便は、バイクと新幹線または航空機とを組み合わせ、その日のうちに届けるもので、東京23区、大阪、名古屋の三つの地域内配達、それに札幌、福岡を加えた5地域間遠隔輸送配達を行ってきた。しかし、2003年4月以降、3地域の域内配達は続けるが、新幹線や飛行機を使った5地域の遠隔サービスは廃止した。[山口 修・小林正義]
電子郵便
所定の用紙を使用して作成された文書を郵便局の窓口に差し出し、あるいは郵送すると、引き受けた郵便局では、ファクシミリ送受信装置によって速やかに送信する。受信した局では電子郵便封筒に納めて封かんしたうえ、速達の例によってあて先に送達する。なお差し出した文書は、差出し時に請求があれば返還される。1984年に開始した国際電子郵便も、開始当初は好評で91年には約8万通に達したが、その後利用者は激減し、2003年4月に廃止された。[山口 修・小林正義]

国際郵便の制度


 国際郵便の取扱いについては、万国郵便連合Universal Postal Union(UPU)の憲章および一般規約、またUPUの加盟国が定期的(原則として5年ごと)に開催する郵便大会議において締結された郵便に関する諸条約に基づいて定められる。国内においては国際郵便規則が制定され、これによって取扱いの方法、料金などが定められている。[山口 修・小林正義]
種類と料金
国際郵便物の種類は、内国と同じく、通常郵便物と小包郵便物とに大別される。また利用する運送機関によって、航空便と船便(平面路)とに分けられる。航空路の発達と普及によって、近時は航空便の比重がきわめて大きくなった。国際郵便料金は、通常郵便物の船便に関しては、UPUの加盟国あて同一種類のものは均一料金が適用される。ただし一般連合のほか、各国はその地域に応じて限定連合を結成している。わが国が加盟しているのはアジア太平洋郵便連合(APPU)であり、この加盟国あての船便による書状および葉書の料金は、一般連合あて料金よりも引き下げられている。航空路による料金は、あて先により第1地帯から第3地帯まで3段階に分けられる。[山口 修・小林正義]
通常郵便物
通常郵便物は次の4種に分類される。
(1)書状 内国郵便物の第1種に相当する。重量制限は定形50グラム、定形外2キログラムまで。また航空郵便用として航空書簡(エログラム)が発行されている。
(2)郵便葉書 官製の国際郵便葉書のほか、私製葉書を利用することができる。ただし通常葉書のみであり、往復葉書は東京大会議(1969)の結果、1971年に廃止された。
(3)印刷物および点字郵便物 印刷物は、一般の印刷物と、内国郵便物の第3種および学術刊行物に相当するもの、との2種類に分けられ、後者は料金が低減されている。点字郵便物は、最高重量7キログラムまで無料である。
(4)小形包装物 小包と同様の形態であるが、重量2キログラムまでのものは小形包装物とすることによって、通常郵便物の線路により、すなわち小包よりも速く送達される。[山口 修・小林正義]
小包郵便物
小包郵便物については、UPUが小包に関する約定を結んでおり、その加盟国あてに差し出されるものは連合小包とよばれる。その料金は船便・航空便とも、地帯別に分けられている。しかし約定に加盟していない国もあり、そのような国とは別個に約定を結んで小包を交換している。これを特約小包と称する。わが国が特約小包を交換している国は、フィリピン、アメリカ、カナダ、南アフリカ共和国である。航空小包は当然のことながら料金が高くなる。そこで1985年7月から新たにSAL小包郵便の制度が設けられた。SALとはSurface Air Liftedの略称であり、航空路によって運送される平面路(船便)郵便物の意味である。日本国内および名あて国内では船便小包として取り扱われるが、その間は航空小包よりは低い優先度で航空運送される。それだけ航空小包よりは料金が低減され、船便小包より速やかに送達される。[山口 修・小林正義]
国際エクスプレスメール
国際エクスプレスメールExpress Mail Service(EMS)は、書類や物品をもっとも速く海外に送ることができるもので、かつての国際ビジネス郵便が発展したものである。差し出した日の翌日から1~3日で届けられる。郵便禁制品以外なら、なんでも送ることができ、重量は30キログラム以内、大きさは最大の長さ1.5メートル以内、長さ+最大の横周3メートル以内となっている。世界120か国・地域が対象で、差出し個数によって料金の割引制度がある。
 国際電子郵便の取扱いも1984年11月から開始され、「インテルポスト」と名づけられた。取扱い方法は内国の電子郵便と同様で、その交換国も、当初は7か国に限られていたが、その後しだいに増加した。B4判まで送れる国際レタックスと、87年4月から開始された、A4判までの国際ミニレタックスの2種類があり、どの地域あてに差し出しても均一料金が適用され、当日または翌日には届くというのが売りであった。当初は好評であったが、1990年代後半には利用者は激減、2003年4月に廃止された。[山口 修・小林正義]
特殊取扱い
国際郵便物の特殊取扱いには次のような種類がある。
(1)書留 内国郵便物の書留とほぼ同様である。
(2)受取通知 内国郵便物の配達証明に相当し、名あて人がその証明を行う。
(3)速達 条約における原語はexprs(フランス語)であり、郵便物が名あて地の郵便局に到着後、ただちに特別の配達便によって配達される。ただし運送面においては、航空便としない限り船便による運送となる。そこで、かつては別配達と称したが、1986年1月、速達と改称された。
(4)保険付 内国郵便物の現金書留に相当する。かつては価格表記と称し、古くは価格表記書状と箱物との区別があった。このうち箱物は1976年に廃止され、さらに86年から価格表記の名称も、わかりやすい保険付に改められた。[山口 修・小林正義]
『郵政省編『郵政百年史』(1972・吉川弘文館) ▽郵政省編『郵政百年史年表』(1972・吉川弘文館) ▽『前島密遺稿集 郵便創業談』復刻版(1979・日本郵趣出版) ▽山口修著『外国郵便の一世紀』(1979・国際通信文化協会) ▽篠原宏著『外国郵便事始め』(1982・日本郵趣出版) ▽星名定雄著『郵便の文化史』(1982・みすず書房) ▽山口修著『郵政のあゆみ111年』(1983・ぎょうせい) ▽小林正義著『郵便史話』(1983・ぎょうせい) ▽橋本輝夫編『行き路のしるし』(1986・日本郵趣出版) ▽山口修編『郵便博物館』(1987・ぎょうせい) ▽山口修編『郵便百科年表』(1987・ぎょうせい) ▽新美景子著『郵便のはなし』(1987・さ・え・ら書房) ▽郵便の基本問題に関する調査研究会編『郵便新時代――その展望と課題』(1988・ぎょうせい) ▽星名定雄著『郵便と切手の社会史――ペニー・ブラック物語』(1990・法政大学出版局) ▽逓信総合博物館編著『近代郵便のあけぼの』(1990・第一法規出版) ▽郵政省郵務局郵便事業史編纂室編『郵便創業120年の歴史』(1991・ぎょうせい) ▽郵便サービス研究会著『図解 郵便局がまるごとわかる本――郵便サービス・郵便貯金・簡易保険』(1998・東洋経済新報社) ▽笹山久三著『郵便屋の涙』(1998・河出書房新社) ▽郵政省通信総合研究所編『通信の百科事典――通信・放送・郵便のすべて』(1998・丸善) ▽笹尾寛著『航空郵便のあゆみ』(1998・郵研社) ▽山本昴編・友岡正孝監修『全国郵便局10000局 風景スタンプ集』(1998・日本郵趣出版) ▽日本郵趣協会カタログ委員会編『日本切手専門カタログ』2001年版(2000・日本郵趣出版) ▽薮内吉彦著『日本郵便発達史――付 東海道石部駅の郵便創業資料』(2000・明石書店) ▽松本純一著『日仏航空郵便史』(2000・日本郵趣出版) ▽鹿野和彦著『地域と暮らしをポストがつなぐ――郵便局はふれあい満載』(2001・日本能率協会マネジメントセンター) ▽内藤陽介著『解説・戦後記念切手――濫造・濫発の時代1946~1952』(2001・日本郵趣出版) ▽斉藤一雄著『感動発信の郵便局づくり』(2002・郵研社) ▽郵政事業庁郵務部編著『郵便事業概説』(2002・一二三書房) ▽小林正義著『みんなの郵便文化史――近代日本を育てた情報伝達システム』(2002・にじゅうに)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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世界大百科事典内の郵便の言及

【肉屋】より

…肉の販売は塊を目分量で売るという習慣で,肉屋はこの習慣に固執したため,量り売りが始まるのはドイツなどでも14世紀以降,パリなどでは1540年の布令以降のことである。 なお中世では肉屋が郵便配送を兼業していた場合がある。これはとくにドイツの諸地方で多く見られた。…

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