日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニューメディア」の意味・わかりやすい解説
ニューメディア
にゅーめでぃあ
新しいタイプの情報媒体のこと。高度情報社会の実現を目ざして1980年(昭和55)ごろから提唱された新しい情報の伝達手段をいう。ニューメディアは和製英語であるが、1983年の日本の産業構造審議会情報産業部会の中間答申では「情報の収集・作成、情報の処理・加工、情報の利用のうち一つあるいは複数の部門に革新的な変化をもたらしたメディアをいう」と定義している。メディアは媒体や中間を意味する英語の複数形であるが、ここでは、空間的、時間的に離れた人または情報源が、情報を交換したり、必要な情報を入手したりするための媒介や手段の意味で用いられている。
1980年代初めに電電公社(現、日本電信電話株式会社)の副総裁北原安定(きたはらやすさだ)(1914―1994)が、その実現のための手段として、従来のアナログ情報にかわってコンピュータの進歩に伴うデジタル技術を用い、通信・放送などを統合して利用できるネットワークとしてISDN(統合サービスデジタル網)をつくり、強力に推進して一大ブームを起こした。
情報社会のデジタル化への先駆けを果たしたISDNではあるが、電電公社の民営化(1985)に加え、従来の電話線の空き周波数を利用する高速ADSL(非対称デジタル加入者回線)や、FTTH(光ファイバー加入者線)利用のブロードバンド、インターネットが登場したことで、1990年代後半からは、ISDNを主体としたニューメディアは、その呼称自体もあまり使われなくなっている。
当初、実現を目ざした具体的な媒体には、人工衛星からの直接放送、音声・文字多重放送、対話型の放送媒体(キャプテン)、ビデオディスク、LAN(構内通信網)、VAN(付加価値通信網)、ケーブルテレビ、カーナビゲーション、ファクシミリ利用の電子郵便などがあり、とくにケーブル系メディアではモデル地区を設け実験も行われた。
[岩田倫典]
インターネット時代のメディアへ
1980年代に始まった「ニューメディア・ブーム」の十余年は、放送・通信の世界を中心にわれわれの生活にさまざまな変化をもたらした。多摩ニュータウン(東京)と東生駒(ひがしいこま)(奈良)でのケーブル系メディアの実験、またキャプテンなどは思ったほど普及せず、かならずしも十分な成果が得られなかった部分はあるものの、全体としては電気通信事業の自由化を促し、社会生活に多くの利便性と可能性を提供したといえる。1990年代も後半になると、マルチメディアを生み、ブロードバンドによるインターネットの普及と発展は著しく、今ある種々のメディアの見直しとさらなる展開が必要とされ続けている。
[岩田倫典]
『金村公一著『21世紀に展開するデジタルメディア』(1999・中央経済社)』▽『西正著『新たなメディアの誕生』(1999・日刊工業新聞社)』▽『羽島光俊監修『コミュニティメディアCATVの可能性』(2000・ぎょうせい)』▽『神崎正樹著『NTT 民営化の功罪――巨人の「独占回帰」を問う』(2006・日刊工業新聞社)』▽『川本裕司著『ニューメディア「誤算」の構造』(2007・リベルタ出版)』▽『イノウ編著『世界一わかりやすい通信業界の「しくみ」と「ながれ」』(2010・自由国民社)』