知能を中心とした精神発達が幼少時期から遅れていて、社会的な適応が困難な状態を示すものの総称である。20世紀の初めから精神医学では、「精神薄弱」という疾患名が使用され、とくにわが国では行政や法律で数十年にわたり、精神薄弱という名称で対策がなされていた。しかしこの呼称は精神の欠陥を示すという、差別感を生む語感の悪さから、日本でも1970年ごろから、後に述べる「精神遅滞」という名称が、学問的にも対策の実際面でも使われるようになった。さらに90年代に入ってからは、厚生省(現厚生労働省)はその心身障害研究の「精神薄弱にかわる用語に関する研究会」で、法令上は「知的発達障害」intelectual developmental disorderまたはこれを略して「知的障害」という用語を用いることを提案、99年(平成11)から精神薄弱にかわり、知的障害が用いられるようになった。
知的障害の頻度は比較的軽度のものを含めると、人口の少なくとも2、3%を占めている。さらに細かくみると、重度障害は全知的障害の5%、中等度は全体の4分の1、軽度は3分の2といわれている。発生原因別では、内因性といわれる遺伝や胎児期の異常によるものが80%で、外因性といわれる生後比較的早期(とくに2、3歳まで)に原因(出産時障害や幼小児期障害)の加わったものが20%といわれるが、実際には外因性のものはもっと多いと推測される。一般に、外因性のものは知能障害の程度が強く、重度や中等度のものが多い。内因性では遺伝、染色体異常、代謝障害、胎児期の異常(妊娠中の母体の中毒や感染症、あるいは服用薬物の影響によるもの)が重視される。外因性のものには、乳幼児期の感染症(脳炎や脳症など)や外傷、出産時障害(新生児仮死や黄疸(おうだん)後遺症など)その他がある。これらのものが、運動麻痺(まひ)などの障害を伴う場合は脳性麻痺であり、また、てんかん発作を合併するものも少なくない。
「精神遅滞」mental retardationという用語は、「アメリカ精神遅滞協会」が1959年に提案したもので、73年に改訂されたその定義によると、「全般的な知的機能が平均より有意に低く、同時に適応行動の障害を伴っており、それが発育期間中に現れたものである」と規定されている。この場合の「有意に」とは、標準化された知能検査で、通常は集団平均の二標準偏差を超える70以下の知能指数で、また幼児の場合には、年齢に比して知的機能水準の遅れ、日常的な適応能力の低下、すなわち基本的な生活習慣、対人関係などの社会性、発語や言語理解などの言語機能、移動や手の運動などの運動機能についての臨床上の判断によってなされる。知能検査ではウェクスラー児童用知能検査で知能指数が70以下、ビネー式テストの知能指数では68以下となる。また「発育期間中」とは18歳までをいい、さらに「適応行動」とは、年齢に応じてその属している集団での、個人的自立と社会的責任の能力程度をさす。
なお、知能指数intelligence quotient(略称IQ)は次式により算定される。
IQ=MA/CA×100
MAは知能検査でわかる年齢発達的に標準化された精神年齢mental ageで、CAは暦による生活年齢calender ageである。しかし、この指数も障害状態の一応の客観的指標とはなりえても、知的障害は知能のみならず、知的な言動や感情、意志などの精神全般にわたる機能にも、発達の遅滞や障害のあることを忘れてはならない。
世界保健機関(WHO)の疾病分類ICD‐10の精神および行動の障害の分類(1990年承認。1992年出版)では、「精神遅滞」の重さの段階分けを軽度mildは知能指数50~69(精神年齢9~12歳未満)、中等度moderateは35~49(精神年齢6~9歳未満)、重度severeは20~34(精神年齢3~6歳未満)、最重度profoundは知能指数20未満(精神年齢3歳以下)としている。
知的障害を構成する認知能力の低さと社会適応の弱さの二つの要素が顕現化してくるときには、社会的および文化的な影響を大いに受ける。これについて、精神医学領域で従来から普通に用いられていた基準について、とくに生活能力面に重点を置いて述べる。
[室伏君士]
軽度知的障害の場合、言語習得は軽度に遅れるが、大部分は平易な日常生活(会話、食事、着脱衣、排泄(はいせつ)、清潔の保持など)は可能で、家庭内生活はほぼ自立している。しかし学業上の困難を認め、普通中学教育は困難なものが多い。抽象能力を駆使することは困難で、競争社会のなかで生きてゆくことはむずかしい。しかし保護的な環境によっては単純労務に従事して、独立の社会生活を営めるものがいる。早期からの長期にわたる職業教育的訓練が、保護的環境と相まって、その職業適性と社会適応の幅を大きく左右する。成人期には最低限の自立に十分な社会的・言語的機能を獲得するが、非日常的な社会的・経済的ストレス下では、指導と援助が必要である。この段階では活動力などもあるので、本人に対する環境の問題が重要である。
[室伏君士]
中等度知的障害の場合には、言語理解と表出の発達は遅く、身辺のことや運動能力の達成も遅れ、介助が必要なケースが多い。学業上の進歩には限界があり、就学しても小学校上級へ進むことが困難な程度といわれている。周囲や慣れた人には関心を示し区別もできる。しかし事態の変化に適応する能力が乏しく、他人の援助で自己身辺の事柄を処理しうるが、社会人として独立してゆくことは困難である。慣れた場所では、単独外出は可能である。青年期では社会習慣や仲間関係に困難を認める。ストレス環境下では、監督と指導が必要である。職業能力は単純な機械的作業に適しており、簡単な筋肉労働や単純な流れ作業の部分的仕事などができるものもいる。なかには手工芸的な生産作業(陶器や木工)に能力を発揮するものもいる。
[室伏君士]
重度知的障害の場合、普通の小学校就学は不可能で、養護学校教育が必要である。運動や言語機能の発達も遅れ、話しことばの理解や発語も少なく、簡単な交流の用を足す程度にとどまる。情緒面の発達も未熟で、状況にそぐわない衝動的な感情反応や行為を示すこともある。自他の意志交換や環境への適応が困難で、危険を予知することも不十分である。養護が必要とされ、衣食住のことで絶えず保護と介助を要し、成人期でも自立生活が困難となる。職業的能力はきわめて少ないが、単純な機械的作業に介補して従事できるものもいる。
[室伏君士]
最重度知的障害の場合は、ことばの発達をまったく欠き、ただ叫び声などを出す程度であるが、不明瞭(ふめいりょう)な発語で簡単な単語をいくつかいえるものもある。周囲への関心が乏しく、対人的認知も十分に発達せず、親の弁別も困難な場合もある。重症のものでは、外界の刺激にただ反射的に反応するだけという例もある。常時の援助と監督、また個人的かかわり合いが必要である。適切な訓練が行われれば、生活基本動作の運動発達や意志伝達技術が、多少とも改善されることもある。
[室伏君士]
18歳未満の障害児に対しては「児童福祉法」、18歳以上の障害者に対しては「知的障害者福祉法」があり、児童および成人を通して一貫した保護および指導の体制が確立されている。施設としては、自宅から通う障害児(者)通園施設、入所する障害児(者)施設、重度障害児(者)収容棟などがあり、さらに障害者更生施設と障害者授産施設もある。また、常時医療を必要とするものには重症心身障害施設がある。なお、知的障害児については児童相談所、知的障害者については福祉事務所において、それぞれ当人または家族からの相談に応じ、必要な調査や判定を行うとともに、適切な助言、指導、施設入所などの措置がとられることになっている。
知的障害児の教育については、学校教育法による特殊学級、養護学校、訪問教育などを含めて義務教育化されている。
[室伏君士]
『武田幸治・手塚直樹著『知的障害者の就労と社会参加』(1991・光生館)』▽『マイケル・ベヴェリジ他編、今野和夫訳『知的障害者の言語とコミュニケーション』上下(1994・学苑社)』▽『久田則夫著『高齢知的障害者とコミュニティ・ケア――英国福祉現場からのレポート』(1994・川島出版)』▽『労働省職業安定局編『知的障害者の雇用のために――知的障害者の雇用管理マニュアル』(1998・雇用問題研究会)』▽『松友了著『知的障害者の人権』(1999・明石書店)』▽『ヤン・テッセブロー他編、二文字理明監訳『北欧の知的障害者――思想・政策と日常生活』(1999・青木書店)』▽『佐藤進監修、寺ノ門栄ほか編『日本福祉年鑑(2000)』(1999・講談社)』▽『エドワード・ジグラー他編、田中道治編訳『知的障害者の人格発達』(2000・田研出版)』▽『赤塚俊治著『知的障害者福祉論序説――21世紀の知的障害者福祉の展望と課題』(2000・中央法規出版)』▽『「施設変革と自己決定」編集委員会編『知的障害者福祉の実践:施設変革と自己決定(1) スウェーデンからの報告――施設、地域生活、当事者活動』『知的障害者福祉の実践:施設変革と自己決定(2) 権利としての自己決定』(2000・エンパワメント研究所、筒井書房発売)』▽『宮崎直男編著『改訂学習指導要領で知的障害者への教育はどう変わるか』養護学校編・特殊学級編(2000・明治図書出版)』▽『安藤忠他編著『知的障害者のオープン・カレッジ・テキストブック』(2001・明石書店)』▽『有馬正高・太田昌孝編、日本発達障害学会他企画『発達障害医学の進歩』(2001・診断と治療社)』▽『知的障害等法規研究会監修『知的障害者福祉六法』各年版(中央法規出版)』
知的能力の発達が全般的に遅れた水準にとどまっている状態のことです。かつては、
知的能力といってもかなり漠然としていますが、実際の日常生活において物事を判断したり、必要に応じて適切な行動を自分で行う能力であるといっていいでしょう。臨床的には、知能検査(幼児では発達検査)を行って、知能指数が70以下の場合には知的障害としてさまざまな援助の対象とされます。
知的能力の低下した状態には、
知的障害はこれと違って、生まれた時点、あるいは早期の乳幼児期に知的能力の発達そのものがあまり進まない状態です。
知的障害を起こす要因は、おおまかに3つに分けて考えられています。
①生理的要因
体には特別の異常が見られませんが、脳の発達障害によって知能が低い水準に偏ったと考えられるものです。
②病理的要因
脳に何らかの病気あるいは損傷があって、知能の発達が妨げられるものです。たとえば乳幼児期の脳外傷、感染症、出血などがあり、出産の際の障害も重要なものです。胎児の時期に母親が
③心理・社会的要因
知的発達に著しく不適切な環境に置かれている場合であり、
染色体異常による場合は、身体奇形を伴うことが多く、出産直後に判明するものも少なくありません。
身体発達に異常がない場合には、乳幼児の発達課題を乗り越えることができず、少しずつ明らかになってくることが多くみられます。言葉の遅れ、遊びの不得手、体の動きの不器用さなどから判明してきます。
知的能力の遅れだけではなく、社会生活への適応にも難のあることがみえてきます。計算、読み書きなど限定された部分の発達障害や、全体としての発達が水準以下だけれど部分的にずば抜けて能力を発揮する子どもは、療育のうえでは別に考えるのがよいでしょう。
学校教育の方法や社会保障をどのように提供するかなど、行政援助と関連して、軽度(知能指数ないし発達指数が70~50程度)、中度(同50~35程度)、重度(同35以下)、最重度(同20以下)と分類されています。
兄弟姉妹と比べて、あるいは近所の子どもと比べて、自分の子どもは発達が遅いのではないかという心配があれば、まず児童相談所へ行ってください。無料で知能検査や発達検査を行ってくれます。
知能指数や発達指数の値により知的障害の水準を知るだけでなく、この水準でこのような気質の場合はどのような療育が必要であるかについてもきちんと相談にのってもらいましょう。小さな子どもの場合では、1年ごとに再検査して、どのように発達が変化してゆくかを追跡することも大切です。
どのような種類のものであれ、障害は第三者的に客観的な表現が行われます。身体障害に関しては当事者が積極的に発言するようになって、大きく変化してきています。
知的障害の場合はどうでしょう。関与してきた者として、知的障害者が困っているところを推量して、困り具合を一人称的に彼らの立場になって表現してみましょう。
・判断力や思考力の水準に由来する情報の不十分さ
・周囲の人から能力を適正に評価されないこと
・その人自身がみずからの障害を理解できないこと
・自己主張をさせてもらえないこと
彼らは、こういったことに由来する永続的なストレス状態に苦しんでいると考えられます。そこを計量しつつ接してあげるよう努力することが求められます。
フェニルケトン尿症(にょうしょう)や
一人ひとりの子どもに応じた療育を、障害児保育、言語療法、特殊教育のなかで実現していく必要があります。ある程度の障害のある子どもには、療育手帳を交付してもらい、特別児童扶養手当の受給手続きをとることも大切です。公的援助の内容と手続きについては、児童相談所に相談してください。
言語発達障害および学習障害、広汎性発達障害、自閉症(コラム)、アスペルガー症候群、注意欠如多動性障害
清水 將之
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