翻訳|best seller
ある期間(多くは1週間、1か月あるいは1年間)にたいへん評判となり、ほかの本と比べて大部数売れた書籍のこと。音楽CDやDVDなども含まれることもある。大部数とは相対的な数字であり、絶対的な基準があるわけではない。日本では、一般に10万部単位であるといわれている。専門書の分野では、それ以下でもベストセラーということがある。アメリカでは、ハードカバーで75万部以上、ペーパーバックで200万部以上をベストセラーという説もある。またベストセラーの部数を人口の1%以上とする定義もある。日本の代表的なベストセラーとして、福沢諭吉著『西洋事情』(1866)推定25万部、同著『学問のすゝめ』(1872~1876)推定20万部(17編あわせて340万部)、賀川豊彦(かがわとよひこ)著『死線を越えて』(1920)60万部、大日本雄弁会講談社編『大正大震災大火災』(1923)40万部、後藤新平著『政治の倫理化』(1926)90万部、誠文堂新光社(科学教材社)編『日米会話手帳』(1945)360万部、D・カーネギー著『人を動かす』(1958)450万部、黒柳徹子著『窓ぎわのトットちゃん』(1981)767万部、村上春樹著『ノルウェイの森』(1987)1000万部、春山茂雄著『脳内革命』(1995)410万部、乙武洋匡(おとたけひろただ)著『五体不満足』(1998)581万部、ハリー・ポッターシリーズ『賢者の石』(1999)538万部、『秘密の部屋』(2000)452万部、『アズカバンの囚人』(2001)400万部、『炎のゴブレット』(2002)362万部、養老孟司(ようろうたけし)著『バカの壁』(2003)433万部、坂東眞理子(ばんどうまりこ)著『女性の品格』(2006)300万部(2011年3月末時点)などがある。
20世紀初めに英米において、ベストセラーということばは、よく売れる本をとくに意味するようになった。それ以前の1895年アメリカの月刊文芸誌『ブックマン』は、19都市の書店でもっとも売れた6冊の新刊リストを、1897年にはその全国的調査の結果を、それぞれ発表している。1903年ごろには同誌はベストセラー・リストを毎月掲載するようになった。また、1911年、出版業界誌『パブリッシャーズ・ウィークリー』は年間のリストを公表した。日本では、1914年(大正3)雑誌『学鐙(がくとう)』において初めてベストセラーということばが紹介された。しかし、より多くの人に知られたのは1949年(昭和24)6月12日号の『週刊朝日』の「記録文学への胎動――ベストセラーズを解剖する」という記事以降であり、このことばが一般化したのは1950年代になってからである。日本の主要なベストセラー調査には、各地の代表的な書店の販売傾向を総合した『出版年鑑』(出版ニュース社)によるもの、大手取次会社が販売実績を集計発表するもの、さらに、その取次のデータに基づく『出版指標年報』(出版科学研究所)によるものの3種類がある。また、マス・メディアが個別書店のそれを紹介する場合もある。一般に、文庫本、コミック本、検定教科書、学習参考書、児童書、絵本、ゲーム攻略本などは、その調査対象とならない。
かつて、ベストセラーは自然発生的に誕生するものであるといわれた。しかし、現代では、テレビや映画などとの連携、あるいは広告の力による「つくられたベストセラー」も少なくない。このようなベストセラー製造方法を1960年代以降アメリカではブロックバスターblockbusterとよぶ。日本では神吉晴夫(かんきはるお)による「カッパブックス」や角川書店の「角川商法」がそれにあたる。1960年代以降のベストセラーはとくにテレビの影響が多大であり、本や関連人物のテレビでの紹介、またテレビ番組から派生した本やタレント本でベストセラーになったものをさして「テレセラー」(和製英語)とよぶ。1968年(昭和43)のNHK大河ドラマ『竜馬がゆく』の放送によって司馬遼太郎(りょうたろう)の原作がベストセラーとなったのに続き、翌1969年の『天と地と』もテレビ化によって原作がベストセラー第1位になったことから、テレビ放送とベストセラーとの関係が意識され始めた。このような現代のベストセラーは、評判の本を読み、共通の話題をもたなくてはならないという、大衆社会における同調行動の産物ともみることができる。さらに、毎年膨大な本が出版される状況において、ベストセラー本の存在自体が、読むべき本を選択する際のかっこうの手引となっている。このためか、1987年以降毎年100万部以上のミリオンセラーがあるが、ベストセラーはかならずしも内容的に優れていることを意味するものではない。
ちなみに、ロングセラーとは、長い期間にわたって持続的に多数売れ続ける書籍をいう。聖書はその代表的な例である。同一の著作が何度も版を重ねたり、単行本から文庫本などに版をかえて刊行されることがある。日本では、夏目漱石(そうせき)や森鴎外(おうがい)の作品、あるいは刊行以来版を重ねている『新明解国語辞典』『広辞苑(こうじえん)』などがこれらに該当する。
[川井良介]
『瀬沼茂樹著『本の百年史』(1965・出版ニュース社)』▽『朝日新聞社編・刊『ベストセラー物語』上中下(1978)』▽『T・ホワイトサイド著、常盤新平訳『ブロックバスター時代』(1982・サイマル出版会)』▽『井上ひさし著『ベストセラーの戦後史』1・2(1995・文芸春秋)』▽『日本出版学会編『出版の検証――敗戦から現在まで』(1996・文化通信社)』▽『植田康夫著『売れる本100のヒント』(2000・メディアパル)』▽『川井良介編『出版メディア入門』(2006・日本評論社)』▽『中島梓著『ベストセラーの構造』(ちくま文庫)』
比較的短期間に大量に売れた本のことをいう。長期に部数を重ねるロングセラーlong seller(s)とは区別される。ベストセラー(ズ)という語は,1895年アメリカの文芸雑誌《ブックマンThe Bookman》によって広められ,日本には1914年1月に《学鐙》誌上の広告で紹介されたが,定着したのは第2次大戦後である。
明治初期のベストセラーは福沢諭吉の著作で,とくに《西洋事情》(1866-70)は偽版も加えると20万部以上に達した。このほか中村正直《西国立志篇》(1871),矢野竜渓《経国美談》(1883-84),東海散士《佳人之奇遇》(1885-97)などがベストセラーであった。明治中期は国木田独歩の出世作《武蔵野》(1901)が50版以上を重ねたほか,田口卯吉《日本開化小史》(1877-82)や志賀重昂《日本風景論》(1894)なども,ナショナリズムの高揚を背景によく売れた。明治後半は紅露逍鷗(尾崎紅葉,幸田露伴,坪内逍遥,森鷗外)時代といわれるように,四大文豪の作品,とくに紅葉の《金色夜叉》(1897-1902)が一世を風靡,ほかに黒岩涙香の翻案ものや村上浪六(なみろく)の時代小説が流行した。明治末から大正にかけては夏目漱石のものが好評で,縮刷本は4万~5万部から十数万部に達している。大正時代は倉田百三《出家とその弟子》(1916)をはじめ,阿部次郎,西田幾多郎らの思想書や中里介山,白井喬二らの大衆文学が部数を伸ばした。昭和初期は円本が200点以上も出て,最も好調なものは40万~50万部の読者を獲得した。また藤森成吉の《何が彼女をさうさせたか》(1927)をはじめとするプロレタリア文学や九条武子の《無憂華》(1927)などが大いに売れた。翻訳ものではパール・バック《大地》(1935,翻訳は36年刊)やM.ミッチェル《風と共に去りぬ》(1936,翻訳は38年刊)がミリオンセラーを記録している。
第2次大戦後は《日米会話手帖》(1945),森正蔵《旋風二十年》(1946),尾崎秀実《愛情はふる星のごとく》(1946),笠信太郎《ものの見方について》(1951)などについで,原田康子《挽歌》(1957),五味川純平《人間の条件》(1958),謝国権《性生活の知恵》(1960),岩田一男《英語に強くなる本》(1961),井上光貞ほか《日本の歴史》(1965),多湖輝《頭の体操》(1967)などがあり,日本人の意識の変化を跡づけることができるが,ベストセラーを演出する(ベストセラーづくり)という意識が表面に出るようになっている。塩月弥栄子《冠婚葬祭入門》(1970),イザヤ・ベンダサン《日本人とユダヤ人》(1971),小松左京《日本沈没》(1973)などが,70年代の読者をつかんだが,80年代に入って黒柳徹子の《窓ぎわのトットちゃん》(1981)が,ついに450万部という,日本のベストセラー史上最大の数字を記録した。
執筆者:紀田 順一郎
出版産業の盛んな国では各国ごとにベストセラーは生まれているが,多いのはやはり欧米,とりわけアメリカである。年間で100万部を超えるようなベストセラーが次々と生み出され,なかには《かもめのジョナサン》(1974)や《ルーツ》(1977)のように翻訳されて日本でも年間ミリオンセラーになることもある。また近年は,出版コングロマリットや巨大出版社が,多額の宣伝費を投入し他のメディアも動員して大ベストセラーをねらう〈ブロックバスターblock buster〉と呼ばれるベストセラーづくりが行われている。
→出版
執筆者:黒田 満
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…ちょうどそういう時代に,活字印刷術が発明完成され,今日に及ぶ近代の書物出版が始まったのである。現代における欧米でのベストセラーは,2万5000部以上の初版を常識とするが,活字印刷術が始まって間のない15世紀では,1版の部数は平均300部内外であった。18世紀の半ばになっても,1版が600部を超す場合はまれであった。…
※「ベストセラー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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