日本が朝鮮を統治していた1939年(昭和14)に、朝鮮人の姓名を日本式の氏名に変えさせたこと。朝鮮総督府によって定められた、朝鮮における民事法の扱いについての制令(総督府による命令)である「朝鮮民事令」を改正して行われた。
「創氏改名」は、日本風の氏をつくる「創氏」と、名前を変える「改名」に分けられ、創氏は強制、改名は任意であった。ただし、姓名が消されたり変更されたりしたわけではなく、戸籍には「氏名」と「本貫(ほんがん)・姓」の両方が記載されていたが、これ以降、「氏名」が朝鮮人の公的な名前となり、それまでの「姓名」は通称として扱われることとなった。
なお、ここでいう「氏」は、1947年(昭和22)までの明治民法下でいうところの「家制度」における「家」を表す名称である。朝鮮総督府による同化政策、皇国臣民化政策等の一環として、始祖との血統を重視する朝鮮の家族制度を日本の「家制度」に組替えようとしたのである。
[武井 一]
本来、朝鮮人の名前は、「本貫」、「姓」、「名」からなり、高麗(こうらい)時代に始まったとされる。たとえば、第18代韓国大統領、朴槿恵(パククネ)の場合、本貫は「高霊(コリョン)」、姓は「朴」、名は「槿恵」である。
「本貫」は宗族一族の始祖の出身地であり、たとえば同じ金(キム)氏でも本貫が異なれば同族ではない。韓国の第15代大統領、金大中(きんだいちゅう/キムデジュン)の本貫は金海(クムヘ/キメ)、第14代の金泳三(きんえいさん/キムヨンサム)の本貫は金寧(クムニョン)である。「姓」は父方の血統を継ぐ呼称であるが、その数は少なく、2000年に行われた韓国の国勢調査では、韓国固有の姓の数は285しかない。人数の多いほうから金、李(イ/リ)、朴、崔(チェ)、鄭(チョン)の順であるが、これだけで国民の54%に達する。「名」は個人を表すが、男子の場合は、始祖からの世代も表している。宗族ごとに、世代ごとに、名に使う文字である「行列字(ヘンニョルチャ)」が決められていて、それを使うことになっている。金泳三は「泳」が行列字で、始祖から33代目を表す。姓と本貫が同じ「同姓同本」の人同士は一族と意識されるため、同姓同本の男女は結婚できない(韓国では1997年の憲法裁判所判決以来、事実上同姓同本での婚姻が認められ、2005年からは法律上も認められている)。
[武井 一]
それぞれの宗族に属する人の名前は、宗族の始祖からの関係を表した「族譜」に記載されるが、本貫、姓、名のすべてを登録するようになったのは、戸籍制度ができてからである。朝鮮における戸籍制度は以下のように変わってきた。
1909年(隆煕(りゅうき)3) 「民籍法」制定。大韓帝国時代に日本の影響下につくられた法律で、日本の戸籍に類似している。朝鮮人のみ対象で、のちの「朝鮮戸籍」の原型となる。
1910年(明治43) 韓国併合 戸籍については、併合後も「民籍法」による。
1911年(明治44) 朝鮮総督府令「朝鮮人ノ姓名改称ニ関スル件」 内地人に紛らわしい姓名変更を禁止した。日本人と朝鮮人の区別がつかなくなるからである。
1912年(明治45) 朝鮮民事令(制令) 親族、相続については、日本の民法を適用しないで、朝鮮の慣習によるとした。
1923年(大正12) 朝鮮戸籍令 戸籍の管轄が、日本の県にあたる道の知事および郡守から、地方裁判所にあたる地方法院長もしくはその支庁の上席判事に移る。
1939年(昭和14) 朝鮮民事令改正 「創氏」がなされ、「家制度」が導入されたが、これによって、夫婦は同氏となり、異姓養子や婿養子も認められることになった。
[武井 一]
家の名称を新たにつくるために、朝鮮人の「創氏」は強制であった。設定した氏は、1940年2月11日から8月10日までの間に、戸主によって届けることとされた(設定創氏)。「創氏」の届けがない場合は、戸主の「姓」を「氏」とした(法定創氏)。
設定創氏の例
戸主 李圭徹/本貫 咸興 →氏名 甲野圭徹/姓および本貫 咸興李
妻 朴春卿/本貫 密陽 →氏名 甲野春卿/姓および本貫 密陽朴
法定創氏の例
戸主 李圭徹/本貫 咸興 →氏名 李圭徹/姓および本貫 咸興李
妻 朴春卿/本貫 密陽 →氏名 李春卿/姓および本貫 密陽朴
創氏設定開始直後の届出は低調であったが、「創氏」の届けは「皇民化の指標」になるため、朝鮮総督府は創氏させることに力を入れた。そのためにまず、朝鮮総督府の諮問機関で朝鮮貴族などによって構成された朝鮮総督府中枢院の議員、県議会にあたる道会の議員、官公署や警察官など、影響力のある家に創氏を行わせた後、戸籍を管轄する裁判所が中心となって、行政機関などを通じて「創氏の徹底」を図った。戸別訪問して「指導・斡旋(あっせん)」した地域もある。その結果、設定創氏は全戸数の8割に及んだ。
創氏にあたっては、日本風の「氏」を設定した家もあったが、多くは姓に1文字加えたものや、本貫に由来したものが多かった。総督府は「内鮮一体」を強調したが、その一方で、日本人と朝鮮人を区別する必要からそのように誘導し、朝鮮人側も宗族集団を維持しようとしたからである。また、朝鮮的な氏を設定することで、日本に抵抗するという意図もあった。
一方で、「改名」は、裁判所の許可が必要であったが、総督府は改名には熱心でなかった。日本風の氏名に変えると、日本人と朝鮮人の区別がつかなくなるからである。第5~9代大統領朴正煕(ぼくせいき/パクチョンヒ)のように高木正雄と姓名とも変更した者もいたが、金大中が豊田大中としたように、名前を変更しなかった者も多かった。
[武井 一]
1945年8月、朝鮮が解放されると、朝鮮では創氏名は使われなくなった。朝鮮半島南部を支配していたアメリカ軍政庁は1946年に「朝鮮姓名復旧令」を公布して、法律上も姓名を復活させ、朝鮮半島北部でも1946年までに同様の措置がとられた。また、1945年の解放までに結ばれた婿養子縁組も無効になった。
[武井 一]
『宮田節子他著『創氏改名』(1992・明石書店)』▽『水野直樹著『創氏改名』(岩波新書)』
日本が植民地支配のため皇民化政策の一環として,朝鮮人から固有の姓を奪い日本式の名前に変えさせ,天皇家を宗家とする家父長制に組み入れようとした政策。1939年11月朝鮮民事令改正という形で創氏改名が公布され,翌年2月から施行された。創氏改名は,(1)氏の創設,(2)朝鮮人が日本式に名を改める道を開く,という二つの部分からなっていた。(1)は,従来朝鮮社会が男系血統とその血族団体を基本構成とし夫婦別姓であったのを改め,戸主を中心とする家の観念を確立するものとされ,(2)は同時にその際日本式に改名するものとされた。(1)は全朝鮮人に適用され,(2)は任意とされた。しかし日本式に改名することは〈皇民化の指標〉とみなされ有形無形に強要された。これに対しある者は死をもって,ある者は〈南太郎〉(朝鮮総督南次郎の名をもじったもの)と改名するなど,さまざまの形で抵抗したが,40年8月10日の期限までに約322万戸(80%)が届け出た。45年8月の解放後はただちに本名にもどったが,在日朝鮮人の場合,民族差別等のため今日も通名として創氏改名時の名を残し,本名を使っていない人もある。
執筆者:宮田 節子
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植民地支配の皇民化政策として,朝鮮人固有の姓を廃止して日本式の名前を名のらせた政策。1939年(昭和14)11月朝鮮民事令改正によって公布,翌年2月施行。同年8月までに新しい氏名の届け出をさせ,改名しない者には公的機関に採用しない,食糧の配給対象から除外するなどの圧力をかけたため,期限内に全戸数の80%が届け出た。「内鮮一体」を提唱する南次郎朝鮮総督の政策の一つ。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
「内鮮一体」政策の一環として,朝鮮民事令が改正され,皇紀2600年(1940年)に日本式の「氏」をもつことが朝鮮人にも一律に義務化された。6カ月以内に新しい「氏」を届け出ない場合には,自動的に従来の朝鮮「姓」が「氏」とされた。「改名」は日本式の「名」を推奨したものであるが,裁判所の認可が必要とされた。人口の約8割が改名した。
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出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…生徒は相互に監視させられ,朝鮮語を使った友人を摘発するのが日課となった。翌39年11月には,天皇家を宗家とする家父長体制に朝鮮人を組み込むために,〈創氏改名〉に関する法律を公布,40年2月から実施された。朝鮮人はついに自分の名さえ日本式に改めねばならなかった。…
…これらの日常活動は,いずれも〈内鮮一体論〉に基づくものであり,国民総力朝鮮連盟の結成は,朝鮮における天皇制ファシズムの成立を意味していた。皇民化政策のなかでも日本語の使用と創氏改名は,朝鮮人に計り知れない苦痛を与えた。1938年3月公布の朝鮮教育令により朝鮮語は随意科目とされ,学校での朝鮮語の使用が事実上禁止されたばかりでなく,43年からは〈国語普及運動〉が大々的に展開された。…
※「創氏改名」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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