原弘(読み)はらひろむ

百科事典マイペディア 「原弘」の意味・わかりやすい解説

原弘【はらひろむ】

グラフィックデザイナー長野県生れ。1921年東京府立工芸学校卒業後,1933年日本工房,1934年中央工房の設立に参加。1941年東方社に入社し,第2次大戦の海外宣伝誌《FRONT》のデザインを手がける。1951年日本宣伝美術協会創立に参加。1961年日本デザインセンター代表取締役となる。また1952年から武蔵野美術大教授を務めた。ポスター出版物装丁など数多く作品を手がけた日本のグラフィック・デザインのパイオニアで,多くの後進を指導した。作品集に《原弘 グラフィック・デザインの源流》(1985年)がある。
→関連項目勝井三雄亀倉雄策田中一光東方社名取洋之助日本工房

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20世紀日本人名事典 「原弘」の解説

原 弘
ハラ ヒロム

昭和期のグラフィック・デザイナー (株)日本デザインセンター顧問;武蔵野美術大学名誉教授。



生年
明治36(1903)年6月22日

没年
昭和61(1986)年3月26日

出生地
長野県飯田

学歴〔年〕
東京府立工芸学校印刷科(現・東京都立工芸高)〔大正12年〕卒

主な受賞名〔年〕
文部大臣装幀美術賞〔昭和28年〕「世界の現代建築」,毎日産業デザイン賞〔昭和31年〕,日本写真協会功労賞〔昭和33年〕,紫綬褒章〔昭和46年〕,勲四等旭日小綬章〔昭和53年〕

経歴
東京府立工芸勤務、東京写真専門学校、帝国美術学校各講師を経て、昭和27年〜45年武蔵野美術大教授。35年日本デザインセンター設立に参加、44年〜50年社長を経て顧問となる。日本のグラフィック・デザインの草分けで、とくにブック・デザイナーとしては、平凡社「世界大百科事典」をはじめ、多くの事典全集のデザインを手がけ、この種の出版物の基本型として大きな影響を与えた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「原弘」の意味・わかりやすい解説

原弘
はらひろむ

[生]1903.6.22. 長野,飯田
[没]1986.3.26. 東京,新宿
グラフィック・デザイナー。東京府立工芸学校印刷科卒業後,同校講師。タイポグラフィを研究,印刷知識をいかして,写真と文字を組み合わせたデザイン作品を発表し注目された。1937年パリ万国博覧会の日本館,1939年ニューヨーク万国博覧会の日本修交室の写真壁画のデザインを手がける。1951年亀倉雄策らと日本宣伝美術会を創立。1953年『世界の現代建築』で文部大臣装丁賞を受賞。1964年東京オリンピック競技大会関係のデザインを担当。造本,装丁,活字レイアウトなど,書籍,雑誌のデザインを日本に定着させた。1952~70年武蔵野美術大学教授。1971年紫綬褒章受章。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「原弘」の意味・わかりやすい解説

原弘
はらひろむ
(1903―1986)

グラフィック・デザイナー。長野県生まれ。東京府立工芸学校卒業。同校講師としてデザイン教育に携わる一方、1932年(昭和7)に写真家名取(なとり)洋之助が創立した日本工房に参加、のちに木村伊兵衛らと中央工房を設立した。40年より東方社美術部長に就任。早くよりモホリ・ナギやチヒョルトらの新しい視覚的表現に注目して、その理論を紹介し、また実践した。日本における本格的なグラフィック・デザインの開拓者の1人で、とりわけポスターや装丁などでのタイポグラフィックな仕事が特筆される。印刷というメディアへの深い関心が貫かれていた意義はきわめて大きい。61年、毎日産業デザイン賞受賞など、多くの受賞歴がある。

[高見堅志郎]

『『原弘 グラフィック・デザインの源流』(1985・平凡社)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「原弘」の解説

原弘 はら-ひろむ

1903-1986 昭和時代のグラフィックデザイナー。
明治36年6月22日生まれ。日本工房,中央工房をへて昭和16年東方社美術部長となり「FRONT」を編集。27年武蔵野美術学校教授。35年日本デザインセンターを創立,のち社長となる。百科事典,全集などの造本・装丁を多数手がけた。昭和61年3月26日死去。82歳。長野県出身。東京府立工芸(現都立工芸高)卒。

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367日誕生日大事典 「原弘」の解説

原 弘 (はら ひろむ)

生年月日:1903年6月22日
昭和時代のグラフィック・デザイナー。武蔵野美術大学教授
1986年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報