大群で移動しつつ農作物を加害するバッタ類の成・幼虫の害をいい,蝗災ともいう。これらのバッタ類の害は古くから世界中で知られ,エジプトでの多発例は旧約聖書にも記され,中国では前1200年ころから記録されている。群れをなして空を飛翔(ひしよう)して移動するバッタ類は飛蝗(ひこう)(近年トビバッタともいう)と呼ばれ,もっとも恐ろしい害虫の一つとされている。飛蝗の性質をもつバッタは種類が多いが,その代表種は,アフリカから旧北区,東洋区に広く分布する移住飛蝗(トノサマバッタ)Locusta migratoria,北アフリカから地中海沿岸,旧ソ連南部などに分布するモロッコ飛蝗Dociostaurus maroccanus,南西アフリカの褐色飛蝗Locustana pardalina,北アメリカのロッキー山飛蝗Melanoplus mexicanus,南アメリカの赤色飛蝗Nomadacris septemfasciata,南アフリカ,中近東の砂漠飛蝗Schistocerca gregaria,中南米の南米飛蝗S.paranensisなどが有名である。これらは数千,数万の大群で遠距離を移動しつつ,植物を食い尽くしてほかへ移る大害虫で,その大発生は現在でも脅威である。たとえば北アメリカの2~3州で,1925年から45年までの間に,蝗害によって受けた作物の被害は7億8900万ドル(当時の額,以下同)に達したという。中国では,前707年から1935年までの2642年間に796回の大発生があり,1933年の発生時には9省265県に達し,被害面積は45万haに及びその被害額は1500万元に及んだ。またフィリピンでは1931-38年に各地で起きた蝗害は,被害面積6万ha,被害総額500万ペソ,防除費36万ペソに及んだという。日本で1880-85年に北海道を襲った蝗害はかなりの規模のもので,広い面積に発生を見た。これに使われた防除費は莫大な額で,1881年だけでも38万5000円に達した。日本,中国,台湾,フィリピンに発生するトノサマバッタは東亜飛蝗と呼ばれる亜種である。これには,単独で草原にすみ,緑色で翅は短く肢の長いもの(孤独相)と,全体褐色で翅が長く肢の短いもの(群生相)がある。この性質は各種の飛蝗に現れ,孤独相は転移相を経て,群生相に変化するのでこの現象を〈ジキル博士とハイド氏〉にたとえた学者もいる。日本の飛蝗は現在,南大東島などでときどき発生するが,明治以前には本土でも各地に発生が見られたらしく,また石垣島,宮古島,徳之島,小笠原諸島などでは近年までときどき発生した。これらの一部は,台湾での発生の場合と同様にフィリピン方面からの飛来に起因するものも含まれているようである。
孤独相のトノサマバッタが群生相の飛蝗に変わる要因はかなり複雑であるが,幼虫期個体密度が高いこともその一因といわれる。昔は各国で蝗害が起こるとよく飢饉になったが,日本のように狭い国では,人為的に発生環境が変容してしまったため,発生しない場所が多くなった。現在国際的には〈バッタ防除研究所〉がイギリスに設けられ,バッタの多発地に観測員がおかれ,成・幼虫の多発時にはすぐ連絡が入り,群れの大きさ,飛ぶ方向,その他気象条件などを考え合わせて,群れの規模や移動方向が予察され,適時適宜な処置がとられつつある。一方,各種の生理・生態研究や防除技術も進展したので,蝗害もかなり軽減されるようになりつつある。
執筆者:長谷川 仁
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…《守貞漫稿》にはそれを売り歩いたイナゴ売の記事があり,こうした行商人は近代まで見られた。古語で〈いなむし〉と呼んだのはイナゴばかりでなく,バッタ,ウンカ,メイチュウなどイネの害虫類を総称したもので,史書,地方文書類に蝗害(こうがい)とあるのも,これらの害虫のいずれかによるものであろう。これら害虫の発生を予防し,また発生した虫の防除にはこれを悪霊の化したものと考える思想があったため,その霊に形どってわら人形をつくりこれを村境に送って焼き捨てる行事が古く行われ,多く虫送りと呼ばれた。…
…劉猛将は,清の雍正(1723‐35)初年には江南各県に廟宇(びようう)が建てられ,正月13日に祭礼がいとなまれたという。蝗害は食物の供給にかかわる一大社会問題をひき起こすだけに,駆蝗神は農事にたずさわる民衆の切なる祈りの表れといえる。【堀 誠】
[欧米での呼称]
英語でバッタをさすことばとして,まず該当するのはgrasshopperである。…
※「蝗害」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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