妊娠高血圧症候群(読み)ニンシンコウケツアツショウコウグン(その他表記)hypertensive disorders of pregnancy

デジタル大辞泉 「妊娠高血圧症候群」の意味・読み・例文・類語

にんしんこうけつあつ‐しょうこうぐん〔ニンシンカウケツアツシヤウコウグン〕【妊娠高血圧症候群】

妊娠20週以降から分娩後12週までに高血圧症状あるいは高血圧に加えて尿たんぱくがみられる異常の総称。母体が妊娠に伴うさまざまな生理現象に適応できないために起きると考えられている。日頃から血圧が高い、高血圧の家系、糖尿病肥満多胎、前回妊娠時に妊娠高血圧症候群になった、などの場合に多くみられる。悪化すると子癇しかん発作・肺水腫胎盤早期剝離などを併発し胎児死亡・早産による低体重児出生・胎児仮死などのリスクが高くなる。日常の体重・塩分摂取管理・安静が重要だが、重症の場合は入院による薬物治療が必要となる。
[補説]以前は妊娠中毒症とよばれていたが、何らかの毒によって症状が引き起こされるわけではないので、平成17年(2005)に産科婦人科学会により妊娠高血圧症候群と改められた。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「妊娠高血圧症候群」の意味・わかりやすい解説

妊娠高血圧症候群
にんしんこうけつあつしょうこうぐん
hypertensive disorders of pregnancy

妊娠時に高血圧(140/90ミリメートル水銀柱〈mmHg〉以上)を認める状態。妊娠高血圧症候群はさらに「妊娠高血圧腎(じん)症」「妊娠高血圧」「加重型妊娠高血圧腎症」「高血圧合併妊娠」に分類される。

 かつては、妊娠中期以降の妊婦に高血圧、タンパク尿、浮腫(ふしゅ)(むくみ)のいずれか一つないしは二つ以上が現れた状態を「妊娠中毒症」と呼称していたが、母児の健康にはとりわけ高血圧の管理が重要であることから、日本妊娠高血圧学会および日本産科婦人科学会は2005年(平成17)に、「妊娠高血圧症候群(pregnancy induced hypertension:PIH)」に名称を改めた。このときの定義は、「妊娠20週以降~分娩(ぶんべん)後12週までに高血圧がみられる場合」とされていたが、その後の国際的な潮流として、妊娠前~妊娠20週までに存在する高血圧合併妊娠についても分類に加える動きが出てきた。このため日本でも2018年(平成30)より新しい定義分類とすることが提唱され、和文名称はそのままに、英文名称がhypertensive disorders of pregnancy(略称HDP)に変更された。

 新分類では、以前の病型分類から「子癇(しかん)」が削除され、これにかわって「高血圧合併妊娠」が加わった。

〔1〕妊娠高血圧腎症(preeclampsia:PE):妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、かつ、タンパク尿を伴うもので、分娩後12週までに正常に復する場合。またはタンパク尿を認めなくても次のいずれかを認める場合。(1)基礎疾患のない肝機能障害、(2)進行性の腎障害、(3)脳卒中神経障害、(4)血液凝固障害。または子宮胎盤機能不全を伴う場合。

〔2〕妊娠高血圧(gestational hypertension:GH):妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、分娩後12週までに正常に復する場合で、かつ妊娠高血圧腎症の定義に当てはまらないもの。

〔3〕加重型妊娠高血圧腎症(superimposed preeclampsia:SPE):(1)高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降にタンパク尿もしくは基礎疾患のない肝・腎機能障害、脳卒中、神経障害、血液凝固障害のいずれかを伴う場合。(2)高血圧とタンパク尿が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降にいずれかまたは両症状が増悪する場合、(3)タンパク尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に高血圧が発症する場合、(4)高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に子宮胎盤機能不全を伴う場合。

〔4〕高血圧合併妊娠(chronic hypertension:CH)
 高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、加重型妊娠高血圧腎症を発症していない場合。

 なお、収縮期血圧160mmHg以上の場合、拡張期血圧110mmHg以上の場合、および妊娠高血圧腎症・加重型妊娠高血圧腎症において母体の臓器障害または子宮胎盤機能不全を認める場合は「重症」とされる。

 妊娠高血圧症候群の発症原因は完全には明らかにされていないが、近年の研究では、胎盤形成時になんらかの原因で血管の形成不全がおこり、そこからいくつかのサイトカインチロシンキナーゼが母体血中に放出されることによりおこる血圧上昇が病態の中心であると推測されている。

 安静または入院による全身管理が治療の中心となり、母児の状態にかんがみ必要に応じて慎重に降圧薬等が用いられることもある。根本的な治療法は確立されていないが、通常、症状は妊娠の終結(出産)とともに急速に改善する。ただし重症例では出産後も高血圧やタンパク尿が継続してみられることがある。

[編集部 2020年8月20日]

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家庭医学館 「妊娠高血圧症候群」の解説

にんしんこうけつあつしょうこうぐんにんしんちゅうどくしょう【妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症) Toxemia of the Pregnancy】

◎妊娠末期の発症が多い
[どんな病気か]
 妊婦の合併症で、浮腫(ふしゅ)(むくみ)、たんぱく尿、高血圧をおもな症状とする症候群で、妊娠末期(8~10か月)におこりやすいものです。従来、妊娠中毒症と呼ばれましたが、2005年に妊娠高血圧症候群に改称されました。
 妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)にかかると、子宮や胎盤(たいばん)を流れる血液の量が減少し、胎盤のはたらきが悪くなるため、胎児(たいじ)の発育に影響をおよぼし、早産、子宮内胎児死亡、未熟児、死産などの原因となることがあります。また、ときによっては子癇(しかん)(「子癇」)、肺水腫(はいすいしゅ)(「肺うっ血/肺水腫」)、常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)(「常位胎盤早期剥離(早剥)」)、脳出血などの母体の生命にもかかわる症状をひきおこすこともあります。
[原因]
 さまざまな学説があり、はっきりしたことはわかっていませんが、妊娠が終了すると治ってしまうことが多いことから、妊娠という負担に対して、妊婦のからだがうまく適応できないために発症すると考えられています。したがって、負担の大きい多胎妊娠(たたいにんしん)(「多胎妊娠とは」)のとき、高血圧や腎臓病(じんぞうびょう)、糖尿病などの合併症のある人がかかりやすいとされています。
[症状]
 むくみ、たんぱく尿、高血圧がおもな症状です。むくみは、足のすねの前面を指で押すとへこむことでわかりますが、たんぱく尿や高血圧は検査をしなければわかりません。そのほか手指がこわばる、しびれる、1週間で500g以上の体重増加といった症状が出ることがあります。さらに重症になると、全身のむくみ、頭痛、目の前の閃光感(せんこうかん)(チカチカする感じ)などがみられることもあります。妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)は、表「妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)の重症度」のような基準にしたがって重症度を診断します。
[治療]
 安静と食事療法が原則となります。なるべく横になるようにし、食事療法では減塩、高たんぱく、低カロリーの献立を心がけるとともに、脂肪は植物性を中心とし、糖分も減らします。軽症では、このような治療で治ることが多いのですが、家庭で安静にすることがむずかしい場合や、重症の場合では、入院が必要となります。
 症状によっては、降圧薬や鎮静薬などの薬物療法を行なう場合もあります。
 妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)になると、胎児発育遅延(たいじはついくちえん)、胎児胎盤機能不全(たいじたいばんきのうふぜん)、胎児仮死などの危険があり、超音波による胎児計測や、尿中・血中のホルモン測定による胎児胎盤機能検査、分娩(ぶんべん)監視装置による胎児心拍連続監視が行なわれます。
 軽症のときは、多くが自然の陣痛による分娩が可能ですが、重症の場合は、分娩の時期は母体の状態と胎児の成熟度を検査して決めます。母体の状態が悪い場合や、胎児の発育が悪く危険が迫っているようなときには、早めに分娩を終了させる必要があり、陣痛を誘発(ゆうはつ)したり、帝王切開(ていおうせっかい)を行なうことも少なくありません。
[予防]
 早期発見、早期治療のため、定期的に診察、検査を受けることがたいせつです。
 日常生活では、食事に十分気をつけるとともに、心身の安静と休養をとることもたいせつなことです。過労や余計なストレスを避け、十分な睡眠時間をとることも予防として重要です。

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食の医学館 「妊娠高血圧症候群」の解説

にんしんこうけつあつしょうこうぐんにんしんちゅうどくしょう【妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)】

《どんな病気か?》


〈ストレスや過労が原因で、死産や早産も引き起こす〉
 妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)は、高血圧、たんぱく尿がおもな症状としてみられる症候群です。「妊娠20週以降、分娩後12週まで高血圧がみられる場合、または、高血圧にたんぱく尿をともなう場合のいずれかで、かつこれらの症状がたんなる妊娠の偶発合併症によるものでないもの」と定義されています。とくに妊娠後期に起こりやすく、見すごされると急激に悪化するおそれがあるため妊産婦の死亡原因の1位にあげられています。また、胎児(たいじ)の発育に影響したり、死産(しざん)や早産(そうざん)の原因になることもあります。
 このような症状は、妊娠による循環血液量の増加、ホルモンの代謝(たいしゃ)や血圧調節機能の変化など、妊婦にかかる負担に、体が順応しないために起こるといわれていますが、はっきりした原因は明らかにされていません。ただ、妊娠が高年齢や低年齢(35歳以上・18歳以下)である、肥満や高血圧、腎臓(じんぞうびょう)や糖尿病などの病気がある、またストレスや過労が重なったなどが誘因となり、引き起こしやすくなるようです。

《関連する食品》


〈たんぱく質、カルシウム、カリウムを効率よくとる〉
 妊娠高血圧症候群では、高たんぱく低カロリーを心がけ、通常の妊婦に必要なエネルギー量、栄養素の摂取量をもとに管理を行います。
 非妊娠時にBMIが24以下の人の場合は、理想体重(kg)×30kcal+200kcal、非妊娠時にBMIが24以上だった人は、理想体重(kg)×30kcalが目安になります(BMIについてはBMI=体重(kg)÷{身長(m)}2で算出できます)。 塩分摂取量は1日に7~8g以下が目安です。極端な制限も必要はありません。
 ただ、塩分をひかえめにすることにより、むくみや高血圧を予防できます。水分は、のどがかわいたら飲む程度で、とりすぎも制限も必要なく、むくみがひどい場合だけ、ひかえめにしましょう。
○栄養成分としての働きから
 たんぱく質の1日の摂取量は妊娠後期に必要な量よりもやや多めにとりましょう。理想体重×1.0g/日が目安です。たんぱく質は、胎児の発育と母体の健康維持に基礎となる栄養素であり、たんぱく尿によって多くのたんぱく質が排出されるため、きちんととる必要があります。ただし、動物性脂肪のとりすぎに注意する必要があるので、タイやヒラメ、タラなどの白身魚やとうふが最適。白身魚1切れととうふ1丁で1日の摂取量を確保できます。
 カルシウムも胎児と母体にはたいせつな栄養素です。
 低カロリーを意識して効率よくカルシウムを摂取するには、サクラエビやしらすなどのほか、牛乳などの乳製品も有効です。
 また、むくみに対しては利尿作用のあるカリウムを多く含むスイカなどのくだものや野菜、イモ類(ジャガイモなど)を多くとるようにしましょう。

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妊娠・子育て用語辞典 「妊娠高血圧症候群」の解説

にんしんこうけつあつしょうこうぐん【妊娠高血圧症候群】

以前は妊娠中毒症と呼ばれましたが、現在は「妊娠高血圧症候群」という名称になりました。妊娠20週以降、分娩12週まで高血圧が見られる場合、または高血圧にタンパク尿を伴う場合(かつ、妊娠以外に高血圧の原因が見られない場合)に妊娠高血圧症候群とされ、「妊娠高血圧症」「妊娠高血圧腎症」「加重型妊娠高血圧腎症」「高血圧合併妊娠」という4つの分類があります。これら妊娠高血圧症候群は全妊娠の1〜3%に発症するといわれますが、もともと心臓や腎臓の病気を持っている人、40歳以上の高齢妊娠、多胎妊娠などは妊娠高血圧症候群を起こしやすいことが知られていますので、定期的に妊婦健診を受けるなど、予防とチェックに努めることが大切です。また妊娠高血圧症候群は、胎児発育不全のほか、子癇や脳出血など重大な合併症につながることもありますので、妊娠高血圧症候群の診断を受けた場合は、医師の指示・指導にしたがって治療をしましょう。

出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報

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