汎神論(読み)ハンシンロン(英語表記)pantheism

翻訳|pantheism

デジタル大辞泉 「汎神論」の意味・読み・例文・類語

はんしん‐ろん【汎神論】

pantheism》万物は神の現れであり、万物に神が宿っており、一切が神そのものであるとする宗教・哲学観。古くはウパニシャッドの思想、ストア学派の哲学、近代ではスピノザの哲学など。万有神論パンセイズム。→無神論2

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精選版 日本国語大辞典 「汎神論」の意味・読み・例文・類語

はんしん‐ろん【汎神論】

〘名〙 (pantheism の訳語) 宇宙または宇宙の諸力・法則が神であり、神の具現したものが宇宙の万物であるという宗教説または哲学説。インドのウパニシャッドの思想、仏教の哲理、ギリシア哲学、近代のスピノザ、シェリングの思想などはこれに属す。万有神論。パンセイズム。
※青春(1905‐06)〈小栗風葉〉夏「汎神論のやうな傾も見えるが」

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改訂新版 世界大百科事典 「汎神論」の意味・わかりやすい解説

汎神論 (はんしんろん)
pantheism

いっさいのものは神であり,神と世界とは一つであるという哲学説をいい,二つの型がある。(1)神のみが実在的であり,世界は神の表現または流出の総体にすぎず,それ自体としては実在性をもたないとするもので,無世界論につながる。(2)世界のみが実在的であって,神は存在するものの総体にすぎないとするもの。自然主義的または唯物論的汎神論と呼ばれ,無神論につながる。また,以上のような哲学説とは別に,自然を生きた統一として表象し崇敬する文学的態度も汎神論といわれる。

 〈汎神論〉という語は1705年にJ.トーランドによってつくられたが,汎神論的思想はきわめて古くからインド,中国などにも存在している。朱子学はすぐれて汎神論的な体系であると言われる。古代西洋ではストア哲学が汎神論であった。新プラトン主義は汎神論ではないが,後世の汎神論に大きな影響を与えた。中世にもニコラウス・クサヌスなどが汎神論を展開した。ルネサンス時代には新プラトン主義の影響のもとにP.ポンポナッツィやG.ブルーノの汎神論が形成された。しかし,汎神論のもっとも完全な体系的表現はスピノザ哲学であるといわれる。近世をつうじて,汎神論はキリスト教の正統から変装した無神論として非難され,スピノザを極悪の無神論者と見る見解が支配的であった。

 1785年,F.H.ヤコビとM.メンデルスゾーンとの間でG.E.レッシングがスピノザ主義者であったか否かについて論争がはじまり,カント哲学の評価ともからんでドイツの知識人の非常な関心をひき,ヘルダーゲーテ,カントをもまきこみ,〈神即自然〉というスピノザ思想の再評価をめぐる大論争に発展し,その過程でスピノザの名誉回復がおこなわれ,ゲーテやヘルダーは彼の影響のもとに汎神論的思想を形成した。これを汎神論論争という。この論争はドイツ・ロマン主義とフィヒテ,シェリング,ヘーゲルの哲学の形成にとってきわめて大きな意義をもっていた。今世紀に入ってからは,A.N.ホワイトヘッドが汎神論的な性格をもつ形而上学をうち立てた。
執筆者:

インドでは,古くウパニシャッドの時代から,この世のすべて,つまり個我と物質世界はブラフマンが変化して現れたものであるとの考えが行われてきた。すなわち,最高原理であるブラフマンが,現象の世界に遍在するとされていた。この考えを哲学的に整備したのは,主としてベーダーンタ学派であるが,解釈の仕方は流派によってやや異なる。たとえば,不二一元論を唱えたシャンカラによれば,個我は実はブラフマンにほかならない。そして,輪廻および輪廻する個我が体験する物質世界は,無明,幻(マーヤー)の所産にすぎないという。つまり,ブラフマンのみが実在し,世界は虚妄であるという。これに対して,被限定者不二一元論を唱えたラーマーヌジャによれば,ブラフマンと個我と物質世界はすべて実在するものであり,性質をまったく異にしているから不一であるが,別の面からすれば個我と物質世界はブラフマンの様相であり,ブラフマンを限定している。この限定されたブラフマンは,限定者である個我,物質世界と切り離して考えることはできず,したがって不二であるという。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「汎神論」の意味・わかりやすい解説

汎神論
はんしんろん
pantheism 英語
Pantheismus ドイツ語
panthéisme フランス語

存在するものの総体(世界・宇宙・自然)は一に帰着し、かつこの一者は神であるとする思想をいう。「一にして全(ヘン・カイ・パン)」「梵我一如(ぼんがいちにょ)」「神即自然」などが標語として用いられる。世界そのものが神であるとするから、有神論のように世界の外にある神と被造的世界との絶対的対立を認めず、すべてのものは神の現象であり、あるいは神を内に含むとする点で、創造以後は神は被造物に干渉しないとする理神論と異なる。神を世界を統一する普遍的原理、法則性として考える点で合理的側面をもつが、その反面で自我の神への帰入、主観と客観との絶対的合一を説いて神秘主義に至りやすい。神と世界とについて明確な概念が形成された後で登場するのが普通である。ウパニシャッド、古代ギリシアの一部に最初にみられる。西欧近世以降のブルーノ、スピノザ、ドイツ観念論とその周辺の思想家たちの汎神論的思想は、宗教の非合理性を排して、近代自然科学と調和させようという意図で築かれたものである。

[藤澤賢一郎]

『ブルーノ著、清水純一訳『無限、宇宙と諸世界について』(1967・現代思潮社/岩波文庫)』『ベーメ著、征矢野晃雄訳『黎明(アウロラ)』(1976・牧神社)』『スピノザ著、畠中尚志訳『エチカ』(岩波文庫)』『ヘルダー著、植田敏郎訳『神についての会話』(1968・第三書房)』『フィヒテ著、高橋亘訳『浄福なる生への指教』(岩波文庫)』『ヘーゲル著、木場深定訳『宗教哲学』全五冊(1950~59・岩波書店)』

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百科事典マイペディア 「汎神論」の意味・わかりやすい解説

汎神論【はんしんろん】

英語pantheism(pan〈汎〉+theos〈神〉に由来)などの訳。神的存在と世界ないし自然とに断絶を設けない宗教・哲学上の立場。後者を前者の表現・展開と見れば無世界論に通じ,前者を後者の総和と見れば無神論に転じる。多神教アニミズム,自然崇拝と区別なく用いられることもある。スピノザの〈神即自然〉の思想をめぐる〈汎神論論争〉は史上最も有名。
→関連項目有神論

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「汎神論」の意味・わかりやすい解説

汎神論
はんしんろん
pantheism; Pantheismus

神と存在全体 (宇宙,世界,自然) とを同一視する思想体系。両者を一元的に理解し,両者の質的対立を認めない点で有神論とは異なる。歴史的諸宗教において,その神秘的側面を理論化する際に表われる体系化の一つの型である。自然や世界に働く統一的原理としての神を構想するギリシア思想や仏教のようなタイプと,神が万物に遍在すること,および自我と神との一致を主張するベーダやバラモン教のようなタイプがある。人間の内面性,神秘的生活と宇宙の調和を強調するところから,スピノザ,ゲーテらに影響を与えた。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「汎神論」の解説

汎神論(はんしんろん)
pantheism

神の超越性を強調するキリスト教に対し,神と自然の一致,同一性を説くもの。キリスト教からみれば,無神論と同じ異端で,ジォルダーノ・ブルーノスピノザのように宗教的迫害が加えられた。

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旺文社世界史事典 三訂版 「汎神論」の解説

汎神論
はんしんろん
pantheism

神を自然と質的に異なるものとみず,宇宙万物のすべてが神であるとする考え方
新プラトン主義の影響下にジョルダーノ=ブルーノらによってルネサンス期に形成され,スピノザの哲学によって体系的に構築されたといわれる。神の超越性を否定し,ローマ=カトリック教からは無神論として迫害された。

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世界大百科事典(旧版)内の汎神論の言及

【神】より

… その第1は,世界の諸宗教を多神か一神かによって整理しようとする考え方である。すなわち,主として古代国家の宗教にみられる多神教polytheism(ギリシア,ローマ,エジプト,日本),多神のうち時に応じて特定の一神を重要視する単一神教henotheismや交替神教kathenotheism(古代インドのベーダ宗教),ただ一柱の神のみを絶対視する一神教monotheism(ユダヤ教,キリスト教,イスラム教),そしていっさいの存在物に神的なものの内在を想定する汎神教(論)pantheism(仏教)という分類がそれである。その第2は,神を人格的(形態的)存在と非人格的(非形態的)存在との2種に分ける考え方である。…

【神秘主義】より

…このような自己の徹底的な死と復活である脱我的合一が神秘体験の宗教的核心をなす。この点で神秘主義は,絶対者を世界のうちにみる世界観としての汎神論から区別される。神秘主義がその世界観として汎神論を採ることはあっても,汎神論は直ちに神秘主義ではない。…

※「汎神論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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