漢方医学の基本的用語で、動脈と静脈の総称である。経は五臓六腑につらなり、深く人体にあり、十二経(奇脈を加えて十四経とも)ある。絡は分岐して末端につらなり、大関節を通らず間道を行く。経と違って外から見ることができる。この経と絡との要所が鍼灸でいう「つぼ」である。
東洋医学(中国医学)における物理療法、とくに鍼灸(しんきゅう)治療の理論体系として重要視される経穴(けいけつ)(つぼ)の機能的な連絡系をいう。中国の古典理論では、人体は大自然のなかの小自然的な存在としてとらえられている。したがって、自然界の構成要素である木(植物)、火(熱)、土(土壌)、金(鉱物)、水(液体)の五行(ごぎょう)(行とはいっさいの移り変わる存在の意)は、そのまま人体の臓腑(ぞうふ)の形となって人間という生命体の基本をなすこととなる。これが俗にいう五臓六腑(実際には六臓六腑)である。六臓とは肝、心、脾(ひ)、肺、腎(じん)、心包(しんぽう)をいい、六腑とは胆(たん)、小腸、胃、大腸、膀胱(ぼうこう)、三焦(さんしょう)をいう。なお、ここでいう腎、脾とは、現在でいう腎臓、脾臓という概念とは異なる東洋医学的な独特の臓腑名である。これらの臓腑は、土に脾・胃が、金に肺・大腸が、火に心・小腸が、水に腎・膀胱が配当され、さらにそれぞれの臓腑の機能の和によって人体の健康が保たれるという考え方である。
さらに、自然界に春夏秋冬、12か月、365日の循環があるように、人体にも、前述した六臓六腑の機能の正常な営みを保つために、それぞれの臓腑に「生きるためのエネルギー」を供給する循環系があるはずとし、このエネルギーを「気血」とよんでいる。経絡とは、この気血の循環系ということになる。
この経絡は全身で正経12(ほかに奇経8。奇経とは正経とは異なる経の意)があり、この正経12の経絡に経穴が365あるとし、大自然の12か月、365日に配している。そして、気血の一定のリズムによる循行が正常ならば、人体は健康であり、循行が留滞すると病気になる。この気血の過不足、留滞などは経絡におこりやすく、また、こうした現象をいち早くみつけることのできるのが、それぞれの経絡にある経穴である。このため経絡には、肝経、胆経、心経、小腸経、脾経、胃経、肺経、大腸経、腎経、膀胱経、心包経、三焦経というように、それぞれの経絡が巡る臓腑の名称がつけられている。この臓腑を中心に、頭から足先まで、あるいは胸から指先までの体腔(たいくう)内や体表上に定められた循環経絡が示されていて、この経絡上に経穴が点在している。
こうしてみると、中国の古典理論でいう経絡とは、刺激を伝える系統というよりも、気血というエネルギーの流れる流体通路系という考え方が主となっているといえる。経絡の経とは、縦の経脈であり、絡とは、経脈と経脈を横に結ぶ脈系で、この両者を総合して経絡とよぶ。経絡の詳しい解説書は、元(げん)の時代に滑伯仁が著した『十四経発揮』である。この書は上、中、下の3巻からなり、経絡については中巻に詳述されており、図解も豊富である。『十四経発揮』は日本にも伝わり、和訓書もでき、鍼灸家の座右の書として大いに普及した。
[芹澤勝助]
こうした経絡が実在するかどうかという議論が、明治以降の日本では盛んに行われてきた。経絡系は、西洋医学でいうヘッド帯(イギリスの神経学者ヘンリー・ヘッドHenry Headが提唱した、内臓疾患が一定の皮膚領域の知覚過敏となる現象)の変形パターンとする説、経穴を結ぶ仮線であるという説、経穴は実在するが経絡は実在しないという前提から、経穴を孔穴と改称し、全身120の経穴に限定し、これを鍼灸師養成の教材とするよう指導した文部省の見解などがこれである。やがて、昭和の初期になると、漢方復古運動がおこり、鍼灸治療は経絡経穴系を基本とする治療であるという視点から「経絡治療」の体系化が行われ、西洋医学的な立場をとる経絡軽視の治療に強い批判が向けられた。さらに第二次世界大戦後になると、経穴を選ばず任意・無差別に鍼灸治療を行っても、血清免疫学的に効果があるというような研究方向が、経絡、経穴の本態解明に向けて本格的に取り組む方向に転換されていった。これにあわせて、臨床面でも、経穴の選定、さらにはその処方と治療といった面が重要視されるようになった。やがて、古来の経穴にあたる体表部位の電気抵抗を測定すると、他の体表部位のそれよりは低いということがつきとめられた。本来、皮膚は電気を通しにくいが、経穴では電気が通りやすく、この電気抵抗の低い部分を線状に結ぶと経絡様のパターンが人体に出現するという実験結果が京都大学生理学教室から報告された。これを良導絡、良導点とよび、これらは、皮膚の電気抵抗の低い点状部位を測定する装置(ノイロメーター)によって探索された。このデータを基に、中谷義雄は新しく「良導絡治療」を提唱した。これによって経穴の選定に一つの目安ができ、現在、全国の医療機関で行われている鍼(はり)治療の先駆的な役割を果たしてきた。これとは別に、金沢大学病理学教室(石川太刀雄教授)は、生体の体表面で点状に電気抵抗の低い部位があると、その部位の自律神経系(とくに交感神経系)と関連の深い内臓に変調のあることを実証し、これを皮電点、測定器を皮電計とよび、臨床応用に活用した。
経絡系については現在なお諸説があり、本態は解明されておらず形態的にも不詳であるが、臨床上、現象論的には実在するというのが鍼灸臨床専門家の大方の見解である。
[芹澤勝助]
『芹澤勝助著『定本経穴図鑑』(1985・主婦の友社)』▽『岡田明祐著『経絡治療と鍼灸』(1997・たにぐち書店)』▽『山下詢著『臨床経絡経穴図解』第2版(2003・医歯薬出版)』▽『市川敏男監修『基本人体ツボ経絡図』(2003・金園社)』
中国医学の基本を構成している重要な概念の一つで,鍼灸(しんきゆう)治療の基礎になっているもの。経絡とは経脈と絡脈の総称であり,想像上の脈管系で実在は証明されていない。経脈は手と足にそれぞれ太陽,少陽,陽明の3陽脈と太陰,少陰,厥陰の3陰脈の6本ずつ計12本(左右で24本)あり,手足の末端と6陰脈は肺,脾,心,腎,心包,肝の6蔵のうちの一つずつを,6陽脈は大腸,胃,小腸,膀胱,三焦,胆の6腑の一つずつを経て顔面の感覚器を結ぶとされている。経脈には枝分れがあり,そのうちの大きな8脈(奇経八脈)は任脈,督脈,衝脈,帯脈,陰蹻脈,陽蹻脈,陰維脈,陽維脈と呼ばれ,12経脈と合わせて20経脈と呼ばれることもある。絡脈は経脈から分かれて全身に網状に分布している脈である。
経脈は表に示したように末端で順次接続して全体で環状になり,そのなかを気と血(現代医学でいう血とは完全には一致しない)がたえず循環し,一昼夜で人体を50周するという。人体の生理活動は経脈中の気血の運行によって支えられているから,経脈の機能が乱れるとそれぞれに関連のある臓腑に障害が起こり,それが体表面に反映されて,体の各部位に特定の病変が起こると考える。したがって病状の詳しい観察によって,どの経脈に障害があるかを診断でき,その脈に属している経穴にはり(鍼)とかきゅう(灸)を施すことによって治療できるとする。また,とくに金・元時代以後は薬物が経脈に作用するということも考えられた。ただし肺とか心といっても必ずしも現代医学でいう肺とか心臓とは一致せず,各経穴はそれぞれ特定の適応症を持っている。
経脈の実体については多くの検討が加えられたが,実在はまだ証明されていない。経脈は血管にヒントを得たとか,放散痛の認識から発生したとか想像されている。経脈の考えが先行してそのうえに経穴が求められたか,経穴を結ぶ線として経脈が考えられたかは明らかではないが,先秦時代から存在したと考えられる。しかし馬王堆漢墓より出土した医帛によると,経脈は前漢初期にはまだ手の厥陰脈がなくて11脈であり,その後,おそらく数をそろえるために,手足とも陰陽各3ずつの12脈となり,それと前後して各脈に臓腑が割り当てられ,さらに奇経八脈,絡脈などの考えも発達した。経脈説は2,3世紀ごろにはほぼ完成していたと考えられる。経脈は経とか脈と略称されることもあるが,脈は脈拍とか血管を意味することもあり,注意を要する。
執筆者:赤堀 昭 経絡は,現代的に表現すれば,身体を保持するための栄養のエネルギーと,さまざまなストレスに抵抗するエネルギーが移動するパターン(型)とみることができる。現代医学の解剖,生理学的立場からは,これら経絡の存在は認められず,従来は非科学的な説と否定されてきたが,最近はその機能性が電気生理学から注目されてきている。はり,きゅうの臨床では,これを無視しては診断治療が成立しないほど重要な概念である。
→灸 →東洋医学 →鍼
執筆者:島田 隆司
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…五行説の導入も同じころに行われたと推定される。三陰(太陰,少陰,厥陰),三陽(太陽,少陽,陽明)などは医学だけにみられる説(経絡)であり,陰陽説の発展には医家がかなり貢献したと考えられる。《黄帝内経素問》(通常《素問》と略称),《黄帝内経霊枢》(《霊枢》)など後世の医学理論の基礎になった書は,これまで漢代に存在したと記録されている《黄帝内経》の一部であり,その内容は漢代の医学思想であると信じられていた。…
※「経絡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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