イペリット(読み)いぺりっと(英語表記)yperite

日本大百科全書(ニッポニカ) 「イペリット」の意味・わかりやすい解説

イペリット
いぺりっと
yperite

ビス(2-クロロエチル)スルフィド慣用名。純品は無色無臭であるが、工業製品は褐色でカラシ臭をもつことからマスタードガスともよばれる。

 ビス(2-ヒドロキシエチル)スルフィドに塩化水素を通ずるか、塩化硫黄(いおう)にエチレンを通ずることにより合成される。水に難溶で、有機溶媒可溶。皮膚、内臓に対しきわめて強いびらん性をもち、その毒性は遅効的かつ持続的である。第一次世界大戦時にベルギーイーペルでの戦闘(イーペルの戦い)中に毒ガス兵器として用いられ、この名でよばれるようになった。ほかにチオコールゴムなど有機合成材料としても用いられる。

山本 学]

『宮田親平著『毒ガスと科学者――化学兵器はいかに造られたか』(1991・光人社)』『ルッツ・F・ハーバー著、佐藤正弥訳・井上尚英監修『魔性の煙霧――第一次世界大戦の毒ガス攻防戦史』(2001・原書房)』


イペリット(データノート)
いぺりっとでーたのーと

イペリット

 分子式 C4H8Cl2S
 分子量 159.07
 融点  14.45℃
 沸点  216.8℃(分解
 比重  1.279(測定温度20℃)
 屈折率 (n)1.53125

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イペリット」の意味・わかりやすい解説

イペリット
ypérite

化学兵器一種記号 HD。エチレンに塩化硫黄を作用させてつくられるびらん性毒ガス。化学的には 2,2' -ジクロロジエチルスルフィドといい,化学式は (C2H4Cl)2S 。通常,無色ないし淡黄色の液体で,融点 14.4℃,水に微溶,有機溶媒に易溶。第1次世界大戦中,1917年7月にドイツ軍がベルギーのイープル付近で初めて使用したことから,フランス語でイペリットと呼ばれる。英語では,からし臭のあるところからマスタードガス mustard gasと呼ぶ。これを受けると目や皮膚がただれ,吸いこむと呼吸器官から赤血球までおかされる。第2次世界大戦で最も広範に貯蔵された。ガス兵器としては,いまでも最高の性能を有するという。

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