歌舞伎狂言。世話物。3幕8場。通称《お染の七役(ななやく)》。4世鶴屋南北作。1813年(文化10)3月江戸森田座初演。油屋お染(町家の娘)・丁稚久松(若衆)・久松の姉竹川(奥女中)・お染義母貞昌尼(町家の後家)・土手のお六(悪婆(あくば))・お光(田舎娘)・賤の女お作(百姓女房)を5世岩井半四郎,松本屋左四郎・鬼門喜兵衛を5世松本幸四郎,百姓久作・猿回しを7世市川団十郎。亡父が紛失したお家の重宝吉光の刀を詮議している浅草瓦町の質店油屋の丁稚久松と油屋の娘お染との恋をめぐって生じてくるさまざまな出来事を,江戸市井の風俗描写にからめつつ喜劇味豊かに展開させた作品。すでに《新版歌祭文》に至って確立していたお染久松物の定型を基盤にしながらも,それを構成している主要な諸要素を奔放自在に組み替えて,まったく新しい異色のお染久松劇へと脚色し直しているという点に,南北らしい特色が発揮されている。
本作の最大のねらいは,このころの芝居で流行していた早替りの技術を存分に採り入れて,人気筆頭の女方半四郎に身分や年齢を異にする7役を演じ分けさせるというはなはだ奇抜な,しかも周到に計算された趣向に置かれていたといってよい。このようなケレンの技巧の駆使によって生み出されてくる面白さに加えて,江戸の町の最底辺に生息し,封建道徳の枠を超えて自らの欲望の赴くままに行動するという喜兵衛やお六らのごとき悪の魅力を小気味よく体現した特異な人物がいきいきと描き出されているという点も高く評価される。なかでも彼らが活躍する〈煙草屋〉と〈油屋〉の場は,南北特有の優れた生世話の場面となっている。昭和になって渥美清太郎監修により復活された。
執筆者:原 道生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…最初の劇化は同月大坂荻野八重桐座の歌舞伎《心中鬼門角(しんじゆうきもんかど)》であるが,次いで歌祭文を通じて一般に流布され,やがて紀海音の浄瑠璃《お染久松袂の白しぼり》(同年4月以前,大坂豊竹座)に至ってその定型が確立した。その後,人形浄瑠璃では《染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)》や《新版歌祭文》,歌舞伎では《お染久松心中》《お染久松色読販(うきなのよみうり)》や《是評判(これはひようばん)浮名読売》等の諸作が繰り返し上演されている。その他,清元の所作事には《道行浮塒鷗(みちゆきうきねのともどり)》(《お染》)がある。…
…この年7月に出された法令(狂言中府内地名の使用禁止,衣裳小道具法度,糊紅の使用禁止など)に抵触するところあってか,《謎帯》は興行を中絶した。幕府当局からの狂言差止めは1812年(文化9)1月市村座《色一座梅椿(いろいちざうめとしらたま)》でも惹起し,その年中不当りが続いたが,翌13年3月森田座での《お染久松色読販(うきなのよみうり)》(半四郎のお染の七役)は大当りを占めた。 後期の代表作には,半四郎の〈女清玄〉の《隅田川花御所染(すみだがわはなのごしよぞめ)》(1814年3月市村座),お六・八ッ橋(二役,半四郎)と願哲(幸四郎)の《杜若艶色紫(かきつばたいろもえどぞめ)》(1815年5月河原崎座),公卿の息女が宿場女郎に転落した巷説を舞台化した《桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしよう)》(1817年3月河原崎座),俳優の日常生活を舞台化した〈世話の暫〉の《四天王産湯玉川(してんのううぶゆのたまがわ)》(1818年11月玉川座),菊五郎,幸四郎の亀山の仇討《霊験亀山鉾(れいげんかめやまぼこ)》(1822年8月河原崎座),菊五郎,半四郎,団十郎の不破名古屋と権八小紫の《浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなずま)》(1823年3月市村座),清元《累(かさね)》を含む《法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)》(1823年6月森田座),その最高傑作である《東海道四谷怪談》(1825年7月中村座),深川五人斬事件を劇化した《盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)》(1825年9月中村座),また番付にみずから一世一代と銘うった最後の作《金幣猿嶋郡(きんのざいさるしまだいり)》(1829年11月中村座)などがある。…
※「お染久松色読販」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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