日本大百科全書(ニッポニカ) 「テンソル」の意味・わかりやすい解説
テンソル
てんそる
tensor
ベクトルの考え方を拡張したもので、数学、とくに幾何学や、物理学で重要な働きをする概念。張力tensionに由来することば。ベクトル・行列・内積といえば、代表的な基本的概念である。これらは、本来別々に生まれた概念であるが、以下述べるようにひとたびテンソルという概念を導入すると、同じ仲間として統一的に取り扱えるのである。
まず実数の全体をRで表し、VをR上のn次元ベクトル空間とする(n次元ユークリッド空間RnはVの代表例である)。rを自然数とする。TをVのr個の直積V×…×VからRへの写像とする。すなわち、Vのr個の元X1,…,Xrを決めるたびに実数T(X1,…,Xr)がただ一つ定められているとする。このとき、番号i(=1,…,r)とVの元X1,…,Xi-1,Xi+1,…,Xrを固定しておくと、Vの元Xを決めるたびにRの元
T(X1,…,Xi-1,X,Xi+1,…,Xr)
がただ一つ定まる。すなわちVからRへの写像が得られたことになる。それがすべての番号iとすべてのVの元X1,…,Xi-1,Xi+1,…,Xrに対して線形になっているとき、TをV上のr次テンソルという。
V上のr次テンソルTは次のようにして数量的に表記できる。Vに一つの基{e1,…,en}を定めておくと、Vの元はすべてx1e1+…+xnen(x1,…,xnはRの元)の形で一通りに表せる。r×n個の実数をxij(i=1,…,r;j=1,…,n)で表し、添え字i1,…,irは1からnまで動くものとすると、テンソルの定義から次が得られる。
ここで、Σはi1,…,irについて和をとるものする。この式はテンソルTはnr個の実数の組{T(i1,…,ir)}で決まってしまうことを意味している。そこで、その組を基{e1,…,en}に関するTの成分という。
〔例1〕V上の1次テンソルの全体はVの双対空間V*にほかならない。また、V*上の1次テンソルの全体はVとみなせることが知られている。
〔例2〕TをV上の2次テンソルとする。Vの一つの基に関するTの成分はn2個の実数からなっている。したがって、Vに一つ基を定めるたびに、V上の2次テンソルの全体と2次実正方行列の全体の間に1対1の対応があることがわかる。また、V上の(正定値)内積とは、V上の2次テンソルTで、次を満たすもののことである。
(1)Vのすべての元XとYに対してT(X,Y)=T(Y,X)かつT(X,X)0
(2)X≠0ならT(X,X)>0
とくに、Rnの2元X=(x1,…,xn)とY=(y1,…,yn)に対してT0(X,Y)=x1y1+…+xnynとおけば、T0はRn上の内積である。これをRnの標準的内積という。
〔例3〕X1,…,XnをRnの任意の元とする。i=1,…,nに対して、Xi=(xi1,…,xin)とおく。xij(i,j=1,…,n)を成分とするn次正方行列をXで表して、T(X1,…,Xn)=detXとおけば、TはRn上のn次テンソルであることがわかる。
[高木亮一]
物理学におけるテンソル量
質点の位置ベクトルrの成分(x,y,z)は座標系のとり方により値が異なる。直角座標系の3軸を、原点を通るある軸の周りに、ある角度回転させて新しい座標系に移させると、質点の座標(x,y,z)は別の値(x',y',z')に変化する。x、y、zのかわりにx1、x2、x3と書くと、
なる線形の関係で位置ベクトルの成分の間の変換が表される。αikは定数で、座標系の回転の仕方で定まる。
質点の速度Vの成分もまったく同じ変換をする。rと同一の変換を、座標系の回転に対して行う量を1階のテンソルまたはベクトルとよぶ。質点の位置、速度、加速度などは1階のテンソルである。二つの1階テンソルA、Bがあるとき、9個の成分をもち、その成分がAiBj(i、jは、1、2、3のいずれかの値をとる)である量を考え、2階のテンソルという。また一般にAiBjと同一の変換を座標系の回転に対して行う9個の成分をもつ量Tijがあるとき、Tijを2階のテンソルという。とくにTij=Tjiのとき2階の対称テンソルという。独立な成分は6個である。またTij=-Tjiのとき2階の反対称テンソルという。独立な成分は3個になる。質点の角運動量は2階の反対称テンソルの例である。位置ベクトルrの大きさの平方r2は座標系の回転により変わらぬ量で零階のテンソルまたはスカラーとよぶ。この種の量として電荷、質量などがある。一般にn個のベクトルの積のように変換するn階のテンソルを考えることができる。
ニュートンの運動法則は運動量の時間変化が力に等しいとしたものであるが、この両者は1階のテンソル(ベクトル)であり、座標系を回転しても同じように変換するので、直角座標系の軸のとり方によらずに成立する。一般に物理学の基礎法則は同じ階数の異なるテンソル量を等しいと置いたもので、座標軸のとり方によらずに成立する。
[武田 暁]