ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「デービソン」の意味・わかりやすい解説
デービソン
Davison, Henry Pomeroy
[没]1922.5.6.
アメリカ合衆国の銀行家。1891年アスター・プレース・バンクに入行し,出納係をふりだしに同行の頭取に昇進。1899~1902年リバティ・ナショナル・バンク頭取を務め,1902年ファースト・ナショナル・バンク副頭取に選ばれた。以後 J.P.モルガン商会役員,バンカーズ・トラスト会長,ファースト・セキュリティ理事,アメリカン・フォーリン・セキュリティ理事,鉄道会社ニュージャージー・アンド・ニューヨーク・レールロード役員などを歴任。1913年ペンシルバニア大学で法学博士号を受けた。1917~19年アメリカ赤十字会長,1919年赤十字社連盟(→国際赤十字・赤新月社連盟)会長となった。
デービソン
Davisson, Clinton Joseph
[没]1958.2.1. バージニア,シャーロッツビル
アメリカの物理学者。シカゴ大学卒業。プリンストン大学で学位を取得後,カーネギー工科大学で物理を教える。第1次世界大戦を契機として,ウェスターン・エレクトリック研究所 (ベル電話研究所の前身) に就職 (1917~46) 。ある種のパテント論争に決着をつけるために,金属に電子線を当て反跳電子を測定する実験を開始。 1927年 L.ジャーマーとともにニッケルの単結晶に電子線を当てて回折現象を観測し,電子の波動性を実証した (→デービソン=ジャーマーの実験 ) 。 37年 G.P.トムソンとともにノーベル物理学賞受賞。
デービソン
Davison, William
[没]1608.12.24. ステプニー
イギリスの外交官,政治家。 1575年オランダ駐在官,83年スコットランド駐在官を経て,86年枢密顧問官,国務大臣となる。翌年メアリー・スチュアート処刑の際,女王の許可なく彼女の死刑執行令状を発給したとしてエリザベス1世の怒りを買い,投獄され罰金を科せられた。 89年釈放されたが,政界を引退。
デービソン
Davison, John Carrol
[没]1928
アメリカのメソジスト監督教会宣教師。 1873年に来日して長崎に美以教会を創立した。活水女学校,カプリ英和学校 (鎮西学院) の創立に尽力。 74年には『賛美のうた』,次いで『賛美歌』 (1877,78) ,『基督教聖歌集』 (84,最初の譜付賛美歌) を出版した。現行賛美歌 158『あめには御使,喜びうたえ』は彼の作詞。
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