イタリアの彫刻家で,ルネサンス彫刻様式の創始者。本名ドナート・ディ・ニッコロ・ディ・ベット・バルディDonato di Niccolò di Betto Bardi。梳毛工を父にフィレンツェに生まれ,1403年の記録ではギベルティの助手として名をあげられているので,おそらく彼の工房で彫刻の修業を積んだものと思われる。彼の確実な初期作品の一つである《ダビデ》(1408-09,フィレンツェ,バルジェロ美術館)には,いまだゴシック様式をとどめているものの,ギベルティの優雅さやナンニ・ディ・バンコNanni di Bancoの荘重な量塊感覚とも異なる,対象への深い内面的洞察から生まれたエネルギーが,写実的造形手法とともにうかがえる。オルサンミケーレ教会外壁ニッチ(壁龕)のための《ゲオルギウス》(1416,バルジェロ美術館)は,すでに古典的精神に裏づけられた均整のとれた理想的形態ゆえに,ルネサンス彫刻の最初の作例と言える。またその台座の浮彫《王妃を竜から救うゲオルギウス》も,同時代の建築家ブルネレスキが研究を進めていた線遠近法が,実際に作品に適用された最初の例として注目される。ほぼ同じころからドナテロは,サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の鐘塔のために一連の預言者像を制作(1415-35)するが,それらは,《ゲオルギウス》の静謐な古典性とは対照的に,写実主義に基づく激しい感情表出と動勢をそなえ,アンドレア・デル・カスターニョやポライウオロ兄弟の人物像の先例をなすものと言える。
32-33年に,ブルネレスキとともにローマに赴き,古代彫刻を実見し,研究したと伝えられる。実際,《ダビデ》(1434ころ,バルジェロ美術館)や,《受胎告知》(1435ころ,フィレンツェ,サンタ・クローチェ教会)には,古代の彫刻や建築への深い理解が感得される。43年には,パドバに招かれ,以後10年間をほとんど同地で過ごし,制作を行う。パドバでの代表作は,イル・サント(サンタントニオ)教会の高祭壇(1446-50ころ)で,聖母子と聖人の7体の青銅像,22点の青銅浅浮彫,そして《キリスト降下》の石浅浮彫から構成される。そこに見られる人間性をたたえた厳しい人物像の造形表現や,浮彫の大胆な空間処理と動勢描写は,その後の北イタリアの美術に強い影響を残し,とくにマンテーニャの彫刻的な量感と印刻的な輪郭線をもつ画像に,それが顕著である。もう一点の大作《ガッタメラータ騎馬像》(1447,パドバ,ピアッツァ・デル・サント)では,理想性に内面的写実性を加味して,傭兵隊長の実在感を力強く表現し,古代ローマのマルクス・アウレリウス騎馬像に匹敵する記念騎馬像を現出させた。
フィレンツェに帰還後,《マグダラのマリア》(1453-55,フィレンツェ,洗礼堂)や《バプテスマのヨハネ》(1457,シエナ大聖堂)において,苦悩にさいなまれ,かつ耐える聖人たちの様相を,すさまじいまでのリアリズムによって仮借なく暴きだす。彼の遺作となるサン・ロレンツォ教会の説教壇浮彫彫刻(1460-66ころ)では,円熟した個性を自由奔放に発露し,主題を激しくドラマティックに展開させている。ドナテロは66年12月13日に同教会に埋葬された。
彼が生涯に見せた多様な様式は,それぞれにミケロッツォ,デジデリオ・ダ・セッティニャーノ,ミケランジェロら彫刻家たちにだけではなく,画家たちにも幅広く影響を及ぼした。
執筆者:生田 圓
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…建築では,ブルネレスキが古代ローマ建築を研究して,パッツィ家の礼拝堂などに古典的比例を回復し,アルベルティはウィトルウィウスにならった〈十書〉構成の,ラテン語によるルネサンス最初の建築書を著した。彫刻ではドナテロが古代彫刻の比例とリアリズム,これにゴシックの精神を加えて偉大な先例をつくったが,ベロッキオは表面的な写実に堕したというべきであろう。ベロッキオの弟子レオナルド・ダ・ビンチは,見えるものと見えざるもの,すなわち形式と精神との完璧な表現とその一致を追求し,《最後の晩餐》図によって,古代以来かつてなかった両者の統一を成就した。…
…したがって,彫刻の一種の技法と考えることが可能であるが,その視覚的な効果なり技法の本質から見れば,絵画と彫刻の中間に位置するものといえよう。ルネサンス彫刻に新風をもたらしたドナテロが,フィレンツェのオルサンミケーレ教会の《聖ゲオルギウス》の台座のために彫った《竜を退治する聖ゲオルギウス》などがひとつの例である。ドナテロは,ここで,極端に奥行きを浅くし,いわゆる〈押しつぶされた浮彫rilievo stiacciato〉を行っているが,その浅さにもかかわらず,人物の丸味,群像の遠近関係がみごとに表現されている。…
…ブルネレスキは,サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂円蓋の完成をはじめ,古代ローマ建築に学んだ比例や幾何学的形態を基本とする建築を試み,数学的遠近法の考案者としても知られる。彫刻家ドナテロは,古典的均衡を示す人体と,ゴシック的な強烈な感情表現との両極端の間を揺れ動きつつ,人間の精神と肉体の真実の描出に到達した。画家マサッチョは,空間表現と人体の量感の描出,さらに人間感情の表出という初期ルネサンス絵画の目標を一挙に達成した。…
※「ドナテロ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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