ドルトムント(読み)どるとむんと(英語表記)Dortmund

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ドルトムント」の意味・わかりやすい解説

ドルトムント
どるとむんと
Dortmund

ドイツ西部、ノルトライン・ウェストファーレン州、ルール工業地帯東部の中心的商工業都市。人口59万8000(2002)。東西、南北両方向の幹線鉄道やアウトバーンが交差する交通の結節点で、ドルトムント・エムス運河沿いの港湾都市でもある。商業では卸売り1300社、仲買い1340社、小売り4900店を数え、五大百貨店をはじめ28の百貨店があるほか、多くの金融機関が集まり、ルール東部地域を商圏とする。ドイツの砂糖取引、ドイツ西北部の小麦取引の中心地でもある。工業では、近年衰えたが製鉄製鋼があり、そのほか機械、事務機器、ビール、菓子(チョコレート)などの製造業がある。ビール醸造は13世紀から著名で、現在も大手6社の生産量合計はドイツ第1位である。市の面積の49%が公園・緑地で、とくにバラ園をもつウェストファーレン公園は有名。近くに2、3万人を収容するウェストファーレンホール(集会、スポーツ用)、展覧会場や、220メートルのテレビ塔がある。

 市は9世紀末スロトマニThrotmaniの名で初めて記録に現れ、その後、東西幹線道路のヘルウェーク(塩の道)に沿う市場商業町として発展した。1220年帝国都市となり、以後、国会も開かれた。またハンザ同盟に加わって交易都市としても活躍し、19世紀中ごろからルール炭田の発展につれて鉱工業都市に成長した。中心部は旧市域で、市壁跡は環状道路となり、旧市域を東西に貫くヘルウェークが歩行者専用の中心商店街をなしている。

[小林 博]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドルトムント」の意味・わかりやすい解説

ドルトムント
Dortmund

ドイツ西部,ノルトラインウェストファーレン州の都市。ルール工業地帯東部の中心をなす。9世紀頃から東西の主要通商道路であるヘルウェークに沿う町として重要な位置を占め,1220年に帝国直轄都市となり,その後ハンザ同盟に加わって商業活動が盛んになった。 1803年帝国直轄都市としての権利を喪失して衰退したが,ルール炭田の発展に伴い活気を取戻した。鉄道,アウトバーンの要地であり,ドルトムント=エムス運河によってもドイツ各地と連絡する。鉄鋼石炭の大生産地であり,ビール醸造業はドイツ最大の生産額を誇る。野菜・果物取引の中心地でもある。第2次世界大戦で大きな被害を受けたが,中世のライノルト聖堂をはじめ多くの歴史的建築物が修復され,市街も美しく再建された。現代建築では,巨大なウェストファーレンハレが有名。マックス=プランク工業生理学研究所など学術機関も所在する。人口 58万1308(2010)。

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