ハサンアルバスリー(その他表記)al-Ḥasan al-Baṣrī

改訂新版 世界大百科事典 「ハサンアルバスリー」の意味・わかりやすい解説

ハサン・アルバスリー
al-Ḥasan al-Baṣrī
生没年:642-728

初期イスラムの最も優れた思想家。サワード征服の際の捕虜の子としてメディナに生まれ,のちバスラに移住し,その指導的知識人として多くの弟子を養成した。彼は羊毛の粗衣を着ていたことから,後世に最初のスーフィーとされるが,彼の説いた教えは禁欲主義にあって,後世のイスラム神秘主義運動を形成する一要素である精神修行法を開発した。またムータジラ派ハサンを学祖とするが,彼は罪をより高い次元から判断して人間責任を強調し,人間はすべて罪障多き偽善者であるから,不断の反省と宗教規定の遵守が要請されると主張した。この点で,ムータジラ派はもちろん,カダル派自由意志論とも一線を画す。彼は預言者のスンナという言葉を宗教的・倫理的意味に用いた最初の人であったが,後に法学者はそれを法的慣行の意味に用いた。彼は世俗的権力と化したウマイヤ朝を激しく攻撃したが,武装反乱には加わらず,ひたすら教えを説き続け,初期イスラムの思想学問は,彼と彼の教えを受けた弟子たちの間から生まれた。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハサンアルバスリー」の意味・わかりやすい解説

ハサン・アルバスリー
al-Ḥasan al-Baṣrī, al-Ḥasan ibn Abī

[生]642. メジナ
[没]728.10.10. バスラ
イスラム初期のバスラの思想家,禁欲主義者,説教師奴隷の子として生れ,東部イランの征服戦に従軍したのち,バスラに居を定め,現世のはかなさ,審判の近いことを説き,禁欲と悔い改めをすすめた。彼の周囲に多くの文人,思想家が集り,一種の思想のサロンを形成した。ムータジラ派,神秘主義思想などイスラムの諸思想の源流はこのサロンにあった。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ハサンアルバスリー」の解説

ハサン・アルバスリー
al-Ḥasan al-Baṣrī

642~728

バスラで活動したイスラーム法学者,神学者。神の予定を強調して人間の主体的責任まで否定する立場に対し,人間に善悪を選択する自由意志を認め,悪行は人間の責任であると唱え,ムータジラ派に影響を与えたとされる。「禁欲者」としても有名。

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世界大百科事典(旧版)内のハサンアルバスリーの言及

【イスラム】より

… バスラのモスクの中庭に,車座になって熱心に師の教えに耳を傾ける一団の若者たちがいた。車座の中心にいた師はハサン・アルバスリーで,彼の教えの中心は禁欲主義にあり,自由意志か予定かといった問題の立て方はしなかったが,罪についての人間の責任を重くみて,神に責任を転嫁することを固く戒めた。ハワーリジュ派の提起した罪の問題については,彼は大罪を犯した者をムナーフィクーンmunāfiqūn(偽善者)と呼び,このような者を殺してはならないが,地獄に落ちる可能性がきわめて高いので,正しい道に引き戻してやる必要があると考えた。…

【スーフィー】より

…ほぼ同じ意味でファキールの語が用いられることもあるし,イランやトルコではデルウィーシュの語が用いられることもある。初期のスーフィーの代表的人物は,8世紀後半の女性ラービアで,神に対する畏怖の念を強くもつハサン・アルバスリーの禁欲主義に対して,神への神秘的愛を強調した。スーフィーの活動の中心地も8世紀の後半にはイラクのクーファであったが,10世紀ころまでには全イラクに広がっていき,以後,全イスラム世界に拡大していくこととなった。…

※「ハサンアルバスリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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