ベルトッツィ(読み)べるとっつぃ(その他表記)Carolyn Ruth Bertozzi

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベルトッツィ」の意味・わかりやすい解説

ベルトッツィ
べるとっつぃ
Carolyn Ruth Bertozzi
(1966― )

アメリカの有機化学者、分子細胞生物学者。マサチューセッツ州ボストン生まれ。1988年ハーバード大学卒業、1993年カリフォルニア大学バークリー校で博士号取得。1995年まで博士研究員としてカリフォルニア大学サンフランシスコ校に勤務。1996年に同大学バークリー校助教授、2002年に教授に就任した。2000年から2002年まで、同大学サンフランシスコ校教授も兼任。2006年にローレンス・バークリー国立研究所ナノ科学施設所長、2015年にスタンフォード大学教授に就任した。2000年にハワード・ヒューズ医学研究所研究員。

 がん、感染症、炎症疾患との関連が深い、細胞表面の糖鎖に興味をもち、分子レベルでの機能解明に取り組んだ。この機能解明に利用したのが、「クリックケミストリー」である。これは、二つの分子を容易に結合させるのにそれぞれの分子にアジドアルキンを付与し、触媒として銅を使う手法である。しかし、生物にとって有毒な銅を触媒として生体内に入れるわけにはいかず、2004年に銅なしでアジドとアルキンの反応(アジド-アルキン付加環化反応)を促進させる手法を開発した。

 また、この手法を生体内の糖鎖の働きの解明に応用した。それは、まずアジドをもつ糖を生体に取り込ませると、細胞表面にそれが糖鎖として現れるが、ここに蛍光物質をつけたアルキンを加えると、クリックケミストリーによって、細胞表面でアジドとアルキンが結合し、そこに蛍光を照射すると糖鎖部分が光るという仕組みである。アジドとアルキンは、生体内には存在しない構造をもつ物質のため、生体内では反応せず、無害である。このように細胞内で、生体には影響を与えずに分子どうしを結合させる「生体直交化学」という新たな手法を開発した。

 これによって細胞表面に現れる糖鎖が、どんなもので、それが免疫応答にどう影響するかを可視化することが可能になった。実際、がん細胞の表面につくられる特定の糖鎖が、免疫監視をかいくぐることがわかった。この成果をもとに、新たな抗がん剤も開発された。これは、がん細胞表面の糖鎖に結合する抗体と、糖鎖を破壊する酵素をクリックケミストリーで結合させるというもので、抗体によって糖鎖が破壊され、監視をかいくぐる働きが弱められて、免疫ががん細胞を攻撃するという仕組みである。この抗がん剤を患者に応用した治験も始まっている。この手法を用いた抗がん剤の開発は、多くの研究者の間に広がるなど、生体直交化学という新たな学問領域は今後さらに発展し、がん治療などの創薬分野で成果をあげると期待される。

 2007年エルンスト・シェリング賞、2009年アルベルト・ホフマン・メダル、2012年ハインリッヒ・ビーラント賞、2015年トムソン・ロイター引用栄誉賞、2017年アーサー・コープ賞を受賞。2018年イギリス王立協会外国人会員。2020年名古屋ゴールドメダル、2022年ウルフ賞(化学部門)、同ウェルチ化学賞を受賞。同年、「クリックケミストリーと、それを生体内で起こさせる生体直交化学の開発」の業績で、アメリカのスクリプス研究所教授バリー・シャープレスデンマークのコペンハーゲン大学教授のモーテン・ペーター・メルダルとともにノーベル化学賞を受賞した。

玉村 治 2023年2月16日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ベルトッツィ」の意味・わかりやすい解説

ベルトッツィ
Bertozzi, Carolyn R.

[生]1966.10.10. マサチューセッツ,ボストン
キャロライン・R.ベルトッツィ。アメリカ合衆国の化学者。フルネーム Carolyn Ruth Bertozzi。有機化合物を簡単かつ効率的につなげて合成するクリックケミストリー click chemistryの手法を生体内での化学反応に応用し,みずから生体直交化学 bioorthogonal chemistryと名づけた。「クリックケミストリーと生体直交化学の開発」への貢献により,クリックケミストリーの提唱者であるアメリカの化学者 K・バリー・シャープレスと,デンマークの化学者モーテン・P.メルダルとともに 2022年にノーベル化学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
1988年にハーバード大学で化学の学士号,1993年にカリフォルニア大学バークリー校で博士号を取得。1993~95年にカリフォルニア大学サンフランシスコ校 UCSFで博士研究員を務め,1996年にバークリー校の助教,2002年に化学および分子細胞生物学の教授となった。2000~02年,UCSFの分子細胞薬理学の教授。2006~15年,ローレンス・バークリー国立研究所のナノ科学研究施設,モレキュラー・ファウンドリー Molecular Foundryの所長を務め,2015年にスタンフォード大学の化学教授になった。
大学院生から博士研究員の時期に,生物学的な応用を目的に糖質類似体の合成や炎症反応における糖質の働きを研究する。同時に,細胞表面に存在する糖鎖(グリカン)glycanに着目し,免疫細胞をリンパ節に誘導する糖鎖のマッピングに取り組んだ。実験は官能基のアジド基とアルキン基による反応であるクリックケミストリーを利用して行なわれた。まずアジド基をもつ糖を細胞に取り込ませて糖鎖をつくる。そこにアルキン基をもつ環状の分子とケイ光色素を加えてクリック反応を起こさせトリアゾールをつくる。そしてトリアゾールとケイ光色素が結合することで糖鎖が光る。アジドとアルキンの化学構造は生体分子と反応することはないため生体内の化学反応を妨げず,糖鎖のマッピングに最適な方法となった。また,この反応に人体に有害な銅触媒(先にシャープレスとメルダルが室温,水中の条件下で実現)も必要としなかった。ベルトッツィはさらに改良を加え,生体分子間の相互作用や疾患プロセスの研究の向上に努めた。生体直交化学の発展は,抗がん剤の開発や分子イメージングなど,生命科学および医学の進歩に大きく貢献した。
2010年レメルソンMIT賞,2017年アメリカ化学会のアーサー・C.コープ賞,2022年ウルフ賞など受賞多数。ロイヤル・ソサエティおよびドイツとアメリカの科学アカデミー会員。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

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