日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベルヌ」の意味・わかりやすい解説
ベルヌ
べるぬ
Jules Verne
(1828―1905)
フランスの作家。80余編の連作小説『驚くべき旅行記』は、地球上のあらゆる土地、地底、海底の世界を探り、果ては月世界探検に至る空想冒険物語集。科学的夢想にあふれた作品も多く、SFの父ともいわれる。第二次世界大戦後、フランスではベルヌの作品が再評価されつつある。彼は1828年2月8日、弁護士の長男としてナントのフェイドー島に生まれる。ロアール川の港に往来する船を眺めながら育つうち、異国への憧憬(しょうけい)を燃やし、12歳のとき密航を企て連れ戻される。そのとき、「これからは空想のなかでしか旅をしないぞ」と叫んだことが伝説のように伝えられている。47年、法律を学ぶためパリに出るが、作家への夢絶ちがたく、劇場秘書を勤めるかたわら劇作を試みる。57年、オノリーヌと結婚後は株式取引所所員。62年、偉大な編集者エッツェルJules Hetzel(1814―86)との劇的出会いから、冒険作家としての道を歩き始める。のちに『二週間の風船旅行』となる元の原稿を読んだエッツェルは、これを企画中の『教育娯楽マガジン』に連載すれば新時代の読者を魅了すること間違いなしと確信した。
[私市保彦]
新しい冒険小説の創造
少年時代から『ロビンソン・クルーソー』、『スイスのロビンソン』、ポーの幻想小説、クーパーの冒険小説、スコットの歴史小説などを耽読(たんどく)したベルヌは、エッツェルの示唆を受け、新しい冒険小説のジャンルを創造。地理学、地質学、物理学、天文学などあらゆる知識を縦横に駆使し、科学と詩の想像世界を繰り広げ、エッツェルの期待にみごとこたえた。その筆力は恐るべきものがあり、想像力は無限の広がりをみせる。暗黒大陸アフリカを旅する『五週間の風船旅行』(1863)、『地球から月へ』(1865)、『月世界探検』(1870)、北極に至る狂気の冒険行『ハトラス船長』(1866)、ぼろぼろの暗号文の誤読・解読につれ、南アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドを転々と探検する『グラント船長の子供たち』(1867~68)、『海底二万里』(1869~70)、『八十日間世界一周』(1873)、無人島物語の『神秘の島』(1874~75)や『二年間の休暇』(1888。邦訳名『十五少年漂流記』)などを続々発表する。一方『ミッシェル・ストロゴフ』(1876)などの歴史的・政治的背景を題材にした冒険小説も創作した。また、潜水艦、飛行船、ロケット、テレビなど未来科学技術の想定は、今日の技術世界を正確に予想していて興味深い。
人気作家となったベルヌは、自家用ヨット「サン・ミシェル号」を駆って海上生活を楽しむかたわら、1870年からアミアンに在住、同市市会議員を務めたのち、1905年3月24日、その地で栄光に包まれて没した。晩年の作『国旗に向かって』(1896。邦訳名『悪魔の発明』)、『世界の支配者』(1904)は科学の破壊力に注目しペシミズムが濃い。人類滅亡と再生の寓話(ぐうわ)をつづる『永遠のアダム』(1910)は息子ミシェルの代作ともいわれる。
[私市保彦]
『『ヴェルヌ全集』全24巻(1967~69・集英社)』▽『私市保彦著『ネモ船長と青ひげ』(1978・晶文社)』