秘宝や女性や未知の土地の探索に取り憑(つ)かれた主人公が、異郷に海に孤島に密林に人跡未踏の地にと、放浪と冒険を重ねる筋書きを、アクションとサスペンスで物語るのが、冒険小説の基本的形式である。その原型は昔話にすでにみられ、その歴史は伝承文学や物語文学の発生と同じくらい古く、読者は大人から子供に至る広い層に及ぶ。西欧古代文学の代表作であるホメロスの叙事詩『オデュッセイア』はすでに典型的な海洋冒険物語である。中世の「聖杯の探索」を主題とする物語群をはじめとする豊富な騎士物語も、魔法や怪獣や小人や巨人の登場する冒険で綴(つづ)られている。近代小説初期の傑作であるセルバンテスの『ドン・キホーテ』(1605)は、こうした中世の騎士物語の冒険とロマンスにあこがれる主人公が涙と笑いの波瀾(はらん)万丈の旅をする冒険物語でもある。
[私市保彦]
西欧ではルネサンス以降、大航海時代から植民地建設期と続く冒険と行動の時代、多くの海洋冒険物語が生まれた。なかでも、D・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)は後世にも大きな影響を与えた傑作であり、ウィースの『スイスのロビンソン』(1812~1827)などから現代フランスのミッシェル・トゥルニエの『フライデー、あるいは太平洋の冥界(めいかい)』(1967)などに至るまで無数のロビンソンものを生み出した。『神秘の島』(1875)など数多くの海洋冒険物語、無人島物語を創作したフランスのジュール・ベルヌも『ロビンソン』の影響を深く受けた一人である。
W・スコットの『ウェーバリー』(1814)、『アイバンホー』(1819)などの歴史小説も、冒険小説としても読まれ、海洋冒険物語やこうした流れが相まって、イギリスでは冒険小説の黄金時代が築かれた。そして、スティーブンソンの『宝島』(1883)、ハガードの『ソロモンの洞窟(どうくつ)』(1885)、キップリングの『ジャングル・ブック』(1894)、コンラッドの『ロード・ジム』(1900)などが輩出した。一方、巨大な自然と闘い国を建設したアメリカにも、その歴史にふさわしい冒険小説が出現した。開拓期のアメリカ・インディアンと大自然を描いた、J・F・クーパーの『革脚絆(かわきゃはん)物語』(1823~1841、『モヒカン族の最後』などを含む)、M・トウェーンの『トム・ソーヤの冒険』(1876)、『ハックルベリ・フィンの冒険』(1884)、それにE・A・ポーの『アーサー・ゴードン・ピム物語』(1838)などがある。
[私市保彦]
明治以前に『南総里見八犬伝』(1814~1842)というスケールの大きな冒険のロマンをもっている日本では、明治に入り、『ロビンソン』やベルヌの作品の訳の影響を受けながら、押川春浪(しゅんろう)(『海底軍艦』1900)、矢野龍渓(りゅうけい)(『浮城(うきしろ)物語』1890)などの冒険小説作家が現れたが、その作品は軍国主義的ナショナリズム鼓吹という一面をもっていた。昭和に入り、山中峯太郎(みねたろう)(『敵中横断三百里』1930)、南(みなみ)洋一郎(本名池田宣政(のぶまさ)、『吠(ほ)える密林』1932)、海野十三(うんのじゅうざ)(『浮かぶ飛行島』1938)といった少年たちの血を沸かした作家群の作品も、その舞台はほとんど戦争場面であった。しかし、第二次世界大戦後の松谷みよ子の『龍(たつ)の子太郎』(1960)は、昔話にテーマをとった優れた冒険小説でもある。
[私市保彦]
ドイツでも第一次世界大戦後、町と日常生活を舞台とする少年たちの冒険を描いたE・ケストナーの『エミールと探偵たち』(1929)が現れ、大きな影響を及ぼした。第二次世界大戦後から現代にかけて、児童文学や大衆小説の分野とも結び付いていた冒険小説は、さらにファンタジー、SFの世界と境界をくぎることができないような作品を相次いで生み出している。なかでも、J・R・R・トールキンの『指輪物語』(1955)とC・S・ルイスの『ナルニア国物語』(1956)は、壮大な空想地理の世界を設定して展開され、地球上のほとんどの空間を冒険し尽くした現代人に、ふたたび雄大な冒険世界を突きつけたのである。
[私市保彦]
こうした異世界の冒険ファンタジーは、その後も膨張する気配をみせ、とりわけアメリカのファンタジー作家によってさまざまな連作が生み出されている。たとえば、デビッド・エディングスDavid Eddings(1931―2009)の『ベルガリアード物語』(1982~1984)から『マロリオン物語』(1988~1992)と続く連作や、『指輪物語』に勝る人気を博したロバート・ジョーダンRobert Jordan(1948―2007)の『時の車輪』(1990~未完)といった長大なシリーズが続々刊行されている。さらに、K・W・ジーターKevin Wayne Jeter(1950― )、ティム・パワーズTim Powers(1952― )、ジェイムズ・P・ブレイロックJames P. Blaylock(1950― )など近未来技術がからむハイテク時代のタイムスリップの冒険ファンタジー作家のグループもある。また、二十世紀最後のファンタジーの傑作と目されているイギリスのフィリップ・プルマンPhilip Pullman(1946― )による三部作『彼の暗黒物質』(1995~1999、邦題『ライラの冒険シリーズ』)があり、SF的空想とジュール・ベルヌ的極地冒険とミルトン的宗教空間が合体した、超絶したスケールの冒険が展開されている。
他方では、実在した僧の遍歴物語を多声的な語りで描いた、キューバのレイナルド・アレナスReinaldo Arenas(1943―1990)の『めくるめく世界』(1969)や、宝探しの冒険を「話中の話」の入れ子構造の連鎖で描いた、ドイツのジグリト・ホイクSigrid Heuck(1932―2014)の『砂漠の宝』(1987)といった異色の冒険小説が生み出されているのも注目せねばならない。
冒険小説は、海洋小説、山岳小説、SFファンタジー、歴史小説、戦争小説など多くの分野を包含するジャンルとされている。トム・クランシーTom Clancy(1947―2013)の『レッド・オクトーバーを追え』(1984)といったハイテク時代の軍事小説や、ポロックJ. C. Pollockの『トロイの馬』(1985)など秘密警察のからんだスパイ小説などの系列を含むと、未踏の地や秘宝の探索という古典的な図式に当てはまらない、おびただしい冒険小説が生み出されているといえる。
[私市保彦]
『ポール・ツヴァイク著、中村保男訳『冒険の文学』(1976・文化放送出版部)』▽『J・G・カウェルティ著・鈴木幸夫訳『冒険小説・ミステリー・ロマンス』(1984・研究社)』▽『本山賢司著『冒険小説のフィールドガイド』(1991・早川書房)』▽『鎌田三平著『世界の冒険小説・総解説』(1992・自由国民社)』▽『北上次郎著『冒険小説論』(1993・早川書房)』▽『北上次郎著『冒険小説ベスト100』(1994・本の雑誌社)』▽『井家上隆幸著『20世紀冒険小説読本』海外篇・日本篇(2000・早川書房)』▽『小谷真理著『ファンタジーの冒険』(ちくま新書)』▽『北上次郎著『冒険小説の時代』(集英社文庫)』
文学ジャンルの一つで,未知に向かっての冒険を行う英雄を主人公とする物語。未知への冒険は人間の基本的衝動の一つであり,それを成し遂げる英雄への崇拝とあこがれも人間本能の一つであるから,小説という文学形式が確立する以前から,冒険を主題とする文学作品は多くあった。日本では《古事記》の中の須佐之男(すさのお)命や倭建(やまとたける)命の物語,古代ギリシアの《オデュッセイア》,ゲルマン民族のジークフリート伝説,〈聖杯伝説〉の騎士の物語など,詩,散文を問わず数えきれないほどである。《ドン・キホーテ》によって代表される近代小説は,超人的能力をもち道徳的にも完璧な英雄,すなわち〈ヒーロー〉を否定し,その偉業を物語るロマンスを痛烈に批判することによって出発したものではあったが,その主人公が依然としてヒーロー(女性の場合はヒロイン)という名を失わずにもっていたことは,たいへん興味深い。市井の平凡な人物であり,一般の読者とあまり変わるところのない主人公であっても,例えば悪者(ピカレスク)小説の主人公のように本人の責任によらない事情により一般社会から追放,疎外されて,やむをえず未知の世界に投げ出されることがある。また,《ロビンソン・クルーソー》や《ガリバー旅行記》の主人公のように,自分の選択によって日常的生活から脱出し,冒険を求めることもある。どちらの場合にも表題に《……の(生涯と)冒険》というような表現が好んで用いられた。
20世紀の前半,プルーストのように人間心理の奥深いひだを探り,意識的に芸術性を追求する小説が注目を浴びると,行動を主として描く冒険小説は低俗な大衆読物として軽視された。また権力者が民衆の意識を一方向に統一しようと,冒険小説などを故意に奨励したこともあった。例えば,昭和初期の《少年俱楽部》に登場した山中峯太郎の作品などは,日本の海外発展熱高揚に一役買った。どちらの場合にも冒険小説は,正統的な文学の領域外に置かれる不幸な運命に甘んじざるをえなかった。しかし現在では,大衆文化に対する正当な評価の気運が強まり,冒険小説およびそれと重なり合う周辺領域に位置するミステリー小説(ハードボイルド小説やスパイ小説を含む),ロマンス小説,SFなどが正しい視点から再検討されている。とくに1930年代の世界的不況から第2次大戦以後に至る時代には,冒険小説の社会的陰影が深まり,例えばギャング組織や独裁的権力に素手で立ち向かう一匹狼の主人公は,従来の少年冒険小説のヒーローのような単純な正義漢でもなければ,スーパーマンでもない。彼らは挫折を経験し,正義とは何かという懐疑に襲われて悩み,ときには抹殺されることさえあるから,読者はただの熱狂や興奮ではなく人間対社会の非情な関係に対する関心や絶望も与えられる。ダシール・ハメット,グレアム・グリーンの作品などがその典型例である。未知なるものの探究・征服は,例えばかつてのアメリカ西部開拓物語やアフリカ探検物語の場合には,文明の名による未開人の教化であるとして素朴に是認されていたが,今日ではインディアンを悪者として安易に処理する西部劇は,だれからも信用されない。いまや真の冒険小説のヒーローとは,バッファロー殺しの記録を誇る男ではなく,既成の権威から完全に自由になりうる人間を意味するようになった。
執筆者:小池 滋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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