日本大百科全書(ニッポニカ) 「ミラノ大聖堂」の意味・わかりやすい解説
ミラノ大聖堂
みらのだいせいどう
Duomo di Milano
イタリアで最大規模のゴシック教会堂。初代ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・ビスコンティGian Galeazzo Visconti(1351―1402)の発案により1386年に起工され、工事には現地のみならずアルプス以北の国々からも多くの建築家が参画した。設計の面で現地と外来の建築家の間に執拗(しつよう)な論争が繰り返されたが、南北の伝統様式がこの建造物において調和のとれた総合をみせるには至らなかった。五廊式身廊、三廊式翼廊、周歩廊付き内陣、それに多角形アプス(後陣)が加わる平面プランの大建造物が完成・献堂されたのは1572年であった。ただし西ファサードは、ナポレオン1世の命によって1805~09年に完成されるまで、未完のまま残されていた。ちなみにこの建物の東西の全長は146メートル、翼廊部の南北の幅は90メートルに達する。
内部の全般的構成は北方ゴシック様式にのっとっているが、たとえば側廊の天井が高すぎるためにトリフォリウム(身廊に面して設けられるアーケード)がなくなり、また明層(あかりそう)も小さいので、フランスやイギリスのゴシック聖堂とは著しく趣(おもむき)の異なったものとなっている。堂内は、二つの聖器室を除いて、広大な単一空間であり、これを覆う穹窿(きゅうりゅう)は52本の積柱で支えられ、それらの柱頭は天蓋(てんがい)を架した立像で代用されている。外側は小塔、尖塔(せんとう)および14世紀末以来の2000体以上の立像で装われ、きわめて豪華であるが、デザインの組合せがあまりに繁雑で、統一感の欠如がしばしば指摘されている。
[濱谷勝也]