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アイルランド演劇 アイルランドえんげき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アイルランド演劇
アイルランドえんげき

アイルランド演劇の歴史は,19世紀末のナショナリズム台頭とともに,文芸復興運動の一環として始まった。中世には若干の典礼劇があったものの,その後はイギリスからの巡業劇団による公演がわずかにある程度であった。1899年ウィリアム・バトラー・イェーツやイザベラ・オーガスタ・グレゴリー夫人によってアイルランド文芸座が結成され,1904年にはアニー・ホーニマンの援助でダブリンアビー劇場が開設された。ノルウェーの劇作家ヘンリック・ヨハン・イプセン的近代劇が全盛の時代にあって,アイルランド演劇は,歴史や伝説,農民の素朴な生活に題材をとって独自の展開をみせ,世界の注目をひいた。しかしグレゴリー夫人やジョン・M.シングの描くアイルランド農民や漁民の世界は,やがてレノックス・ロビンソン,セント・ジョン・アービン,R.メインたちの,貧民の厳しい現実生活を描いたリアリスティックな作品へと変わっていった。この傾向はさらにショーン・オケーシーによって新たな展開を示し,それがポール・V.キャロル,ブレンダン・ベーハン,ブライアン・フリールらに受け継がれた。一方イェーツが起こした詩劇の方向は,アビー劇場がリアリズムに傾くにつれてとだえていたが,1944年詩人オースティン・クラークがリリック劇団を結成し,詩劇の伝統の復活に努めた。また H.エドワーズと M.マクリーモアは 1928年ダブリン・ゲート劇場を結成し,外国の古典や現代作品を主として上演,アラン・シンプソン夫妻のパイク劇場はサミュエル・バークレー・ベケットやベーハンらの前衛的,実験的な作品を取り上げた。
北アイルランドには,ダブリンの演劇運動に呼応して 1904年に結成されたアルスター劇団(1939ほかの小劇団と合併してアルスター・グループ劇団となる)や,1947年 H.ウィルモットによって設立されたベルファスト芸術劇場などがある。ゲール語(アイルランド語)による演劇は,規模は小さいがダブリンとゴールウェーのゲーリック演劇同盟やゲール・リン(出版,レコード,演劇などの活動を通じてゲール語振興に努めている団体)の努力によって続けられている。

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世界大百科事典 第2版の解説

アイルランドえんげき【アイルランド演劇】

中世に教会で演じられた宗教劇があったことは,文献的に確認されているが,その後久しく土着の演劇は途絶え,もっぱらイギリスの巡業劇団がロンドンの評判作をダブリンで上演するだけだった。1899年,イェーツとグレゴリー夫人の協力によるアイルランド文芸劇場Irish Literary Theatreの設立から,この国の演劇は始まると考えてよい。イギリスやヨーロッパの商業的あるいは自然主義的演劇の模倣ではなく,祖国の神話,民俗的伝統,また社会的現実に題材を求めること,ただし政治的党派性を排して,真の民族的文化の自覚を高めること――このような目標をかかげて同志を集めた運動は,1903年アイルランド国民劇場協会Irish National Theatre Societyへと発展し,04年にはホーニマン女史の援助でダブリンに拠点劇場アベー座が建てられた。

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