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アルヌルフ[ケルンテンの] Arnulf von Kärnten

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世界大百科事典 第2版の解説

アルヌルフ[ケルンテンの]【Arnulf von Kärnten】

850ころ‐899
フランク王。在位887‐899年。東フランクのバイエルン分国王カールマンKarlmann(830ころ‐880)の子。880年,庶出のため王位を継げず,ケルンテンを確保するにとどまったが,887年叔父カール3世を廃して東フランク王となる。ノルマン人モラビア人を破る一方,カール3世失脚後カロリング家の支配を離れた他のフランク諸王国に対し宗主権を得,896年帝位につくなどフランク再建に努力したが,諸王国の分離を防ぎえなかった。

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世界大百科事典内のアルヌルフ[ケルンテンの]の言及

【メロビング朝】より

…祖母にあたるブルンヒルデが東分国でとった王権強化策は貴族の反発を招き,彼女はブルグントに逃れて,当地で前王グントラムの中央集権政策を踏襲した。所領をめぐる2人の孫テウデベルト2世とテウデリヒ2世との争いは東分国貴族の指導者,ピピン1世およびアルヌルフ(メッツの)と祖母との戦いでもあり,それはまたゲルマン的・ローマ的両政治理念の対決ともなった。西分国からクロタール2世(在位584‐629)を招いて結集する東分国貴族の前に,彼女は敗北する(613)。…

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