イセエビ(読み)いせえび(英語表記)Japanese spiny lobster

日本大百科全書(ニッポニカ) 「イセエビ」の意味・わかりやすい解説

イセエビ
いせえび / 伊勢蝦
Japanese spiny lobster
[学] Panulirus japonicus

節足動物門甲殻綱十脚(じっきゃく)目イセエビ科に属する歩行型の大形エビ。遊泳型エビ類のクルマエビと並んで水産業上の重要種である。宮城県北部から九州、朝鮮半島、台湾に分布し、日本海からはほとんど知られていない。体長35センチメートルに達する。色彩は一様に赤褐色。外骨格は著しく硬く、円筒形の頭胸甲には大小の棘(とげ)が密に生じている。額角(がっかく)はないが、1対の大きな額棘(がっきょく)がある。また、前額板(触角節)には前縁近くに1対の大きな棘がある。第2触角の基部内側に発音器があり、取り上げた場合などギィー、ギィーという摩擦音を出す。腹部背面は滑らかで、各節にそれぞれ1本の横溝がある。胸脚はすべて歩行に適し、はさみをもたない。ただし、雌の第5脚だけは、体長15センチメートルほどになって性的に成熟すると、不完全なはさみになり、腹部につけた卵の清掃などに用いられる。第二次性徴として、第5胸脚以外にも第1触角と第1から第3胸脚までが雄では比較的長くなる。各胸節の指節には硬い褐色の毛が列生し、感覚器の役割を果たす。

武田正倫]

生態

岩礁の浅海にすみ、昼間は岩棚に潜んでいるが、夕方から餌(えさ)の貝類やゴカイ、エビ、カニなどの底生性の小動物を求めて出歩く。漁獲はこの習性を利用して、岩礁付近の海底にえび網といわれる底刺網を設置し、網に絡まったものを翌朝取り上げる。産卵の盛期は6~8月で、35~40日間抱卵する。卵は直径0.5ミリメートルほどの球形で、大形個体では60万粒に達する。幼生は透明な薄板状でフィロソーマ幼生とよばれる。1年近くの浮遊生活ののちに体長2センチメートルほどのプエルルス幼生に変態して底生生活に移る。この後期幼生は成体に似た形をしているが、ほとんど透明であるためガラスエビともよばれる。

[武田正倫]

近似種

イセエビ科には、日本南部に分布するごく近縁のケブカイセエビP. homarusカノコイセエビP. longipesがあるが、この2種は腹部に白色の小点が多数あることにより、イセエビとは容易に識別できる。また、ゴシキエビニシキエビは、日本南部以南に分布する暖海性のエビで、体色は美しいが味が劣り、食用としての市場価値が低い。イセエビ類は世界中どこでも食用とされているが、産業的にはアメリカ大西洋岸産のアメリカイセエビP. argusが最重要種である。ヨーロッパイセエビPalinurus vulgarisは第1触角鞭(しょっかくべん)が著しく短く、別属とされ、大西洋東部での重要種である。また、南半球でレッドロブスターred lobsterあるいはロックロブスターrock lobsterとよばれるのはジャスス属Jasusのもので、ニュージーランド産のジ・エドワルデジJ. edwardsiや、オーストラリア産のジ・ノバエホランJ. novaehollandiaeおよびアフリカ南西部産のジ・ラランデイJ. lalandiiの漁獲量が多い。これらはミナミイセエビとよばれることがあるが、ヨーロッパイセエビのように第1触角鞭が著しく短いが、発音器をもっていない。近年では相当量が輸入され、一般に販売されている。

[武田正倫]

養殖と展望

主として子エビの放養や親エビの短期養成であるが、高価なことと、季節によって価格変動があるので、畜養が盛んに行われている。親エビは腹肢(ふくし)に卵をつけるため、幼生を得るのは容易であるが、幼生期間が長く、食性なども複雑なため、現在のところクルマエビのような卵から親エビまでの完全養殖は行われていない。資源の保護施策としては禁漁期禁漁区の設定、成育環境をつくる人工魚礁の造成、漁具制限や漁獲するエビの体長制限などの策が講じられている。近年は、人工孵化(ふか)による種苗(幼生)の養成研究が盛んに行われ、初期幼生の飼育に成功しており、完全な養殖法を目ざして研究が進められている。

[武田正倫]

料理

姿が美しいので、昔も今も祝いの食膳(しょくぜん)に多く使われる。殻(から)付きでぶつ切りにして煮るのを具足煮(ぐそくに)という。刺身は美味で、またバター焼きなど、洋風料理にすると味がいっそうよくなる。南方から輸入されているミナミイセエビは姿はよく似るが、味は劣る。

[多田鉄之助]


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改訂新版 世界大百科事典 「イセエビ」の意味・わかりやすい解説

イセエビ (伊勢海老)
Japanese spiny lobster
Panulirus japonicus

体長35cmに達する甲殻綱イセエビ科のエビで,クルマエビと並んで水産上の最重要種。一様に濃い赤褐色で,特別の斑紋はない。外骨格は硬く,頭胸甲にはとげが密生する。各腹節には背面に1本の横溝がある。胸脚はすべてじょうぶで,雌の第5脚だけが不完全なはさみになっており,これで腹部に抱いた卵の清掃をする。浅海の岩礁にすむが,季節による深浅移動がわずかにあるだけで,移動性は小さい。昼間は岩棚に潜んでいるが,夕方から各種の貝,ゴカイ,エビ・カニ類など底生性の小動物を求めて出歩く。この習性を利用して,エビ網と呼ばれる底刺網を夕方設置し,翌朝引き上げて捕獲する。抱卵個体は5~9月に見られるが,産卵盛期は6~8月である。卵は球形で,直径0.5~0.6mmである。大型個体ほど産卵数が多く,60万粒に達する。抱卵期間は35~50日で,フィロソーマと呼ばれる透明な薄板状の幼生として孵化(ふか)する。1年近くの浮遊生活の間に脱皮を繰り返し,体長2cmほどのプエルルス幼生に変態して底生生活に移る。この後期幼生は成体形に近いが,無色透明で,ガラスエビとも呼ばれる。1回の脱皮で稚エビになるが,生殖可能な頭胸甲長約4cmになるには孵化後満2年かかる。現在までクルマエビのような産業規模の完全養殖は行われておらず,畜養が行われているのみである。資源の減少が著しく,その対応策として禁漁期や禁漁区の設定,人工魚礁や築磯の造成,漁具制限などが行われている。宮城県北部から九州,韓国,台湾に分布し,日本海にはごく少ない。イセエビが分布しない岩手県沿岸にアメリカンロブスターHomarus americanusを人為的に移殖する試みがなされている。ロブスターlobsterはウミザリガニと呼ばれるように,大きなはさみをもち,頭胸甲にとげがないのでイセエビとは一見して区別がつき,イセエビ科とは別のウミザリガニ科に属す。イセエビは岩陰に潜んでいるのに対し,ロブスターはみずから穴を掘るという生態的な違いはあるが,同一海域に放せば,生息水深や採餌などに関して競合する。

 日本南部にはイセエビにごく近縁のケブカイセエビP.homarusカノコイセエビP.longipesも分布しているが,腹部に白色の小点が多数ある。また,ゴシキエビP.versicolor,ニシキエビP.ornatus,シマイセエビP.penicillatusは色彩が異なる。いずれもイセエビより味が劣り,市場価値は低い。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イセエビ」の意味・わかりやすい解説

イセエビ
Panulirus japonicus; Japanese spiny lobster

軟甲綱十脚目イセエビ科 Palinuridae。体長 30~40cmに達する歩行性のエビ。外骨格は硬く,頭胸部は円筒形で,とげが密生する。第2触角の内側基部に発音器があり,ぎいぎいという摩擦音を出す。胸脚に鋏はないが,雌の第5脚だけが不完全な鋏になっており,抱卵したとき卵の清掃に使う。日本海には産せず,茨城県以南の太平洋側の岩礁地帯に比較的多い。夜行性の性質を利用して,夜間岩礁地帯にえび刺網を設置して漁獲する。産卵期は夏で,その間は禁漁期である。産卵数は約 20万粒。幼生はフィロソマと呼ばれ,透明な薄板状で約 1年間浮遊生活をする。やがて成体形に近いプエルルス変態して底生生活に移り,脱皮後に幼エビとなる。実験的には稚エビまでの飼育に成功したが,クルマエビのような商業的な養殖には成功しておらず,親エビの蓄養に頼っている。味も姿もよいため需要が多く,高価である。日本南部にはごく近縁のケブカイセエビ P. homarus,カノコイセエビ P. longipes琉球列島には美しいゴシキエビ P. versicolor やニシキエビ P. ornatus が分布している。イセエビ科は世界の熱帯や亜熱帯に広く分布し,いずれも重要な食用資源となっている。(→甲殻類十脚類節足動物軟甲類

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百科事典マイペディア 「イセエビ」の意味・わかりやすい解説

イセエビ

甲殻類イセエビ科のエビ。クルマエビと並んで水産上の最重要種。食用,また正月の飾り物などにも使われる。甲はかたく,濃赤褐色。頭胸部に多くのとげと毛があり,第2触角が長い。大型のものは35cmに達する。宮城県北部から九州,韓国,台湾に分布し,浅海の岩礁にすみ,貝,ゴカイ,エビ・カニ類などを食べる。資源の減少が著しい。
→関連項目エビ(蝦/海老)

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栄養・生化学辞典 「イセエビ」の解説

イセエビ

 [Panulirus japonicus].甲殻綱エビ目(十脚類)イセエビ属の食用エビの一種で,産業上の価値が高い.

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世界大百科事典(旧版)内のイセエビの言及

【エビ(海老∥蝦)】より

…長尾類と呼ばれることも多いが,腹部がよく発達しているという意味で,腹部が曲がっている異尾類,すなわちヤドカリ類と腹部が退化している短尾類,すなわちカニ類に対比していわれる言葉である。エビ類の体制は,体がクルマエビ類やコエビ類のように遊泳に適している側扁型,イセエビ類やザリガニ類のように歩行に適している横扁型に大別される(図1)。したがって,エビ,ヤドカリ,カニ類を長尾,異尾,短尾亜目と分類するのとは別に,遊泳型のエビ類を遊泳亜目とし,歩行型のエビ類をヤドカリ,カニ類とまとめて歩行亜目とする分類法もある。…

※「イセエビ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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