ビス(2-クロロエチル)スルフィドの慣用名。純品は無色無臭であるが、工業製品は褐色でカラシ臭をもつことからマスタードガスともよばれる。
ビス(2-ヒドロキシエチル)スルフィドに塩化水素を通ずるか、塩化硫黄(いおう)にエチレンを通ずることにより合成される。水に難溶で、有機溶媒に可溶。皮膚、内臓に対しきわめて強いびらん性をもち、その毒性は遅効的かつ持続的である。第一次世界大戦時にベルギーのイーペルでの戦闘(イーペルの戦い)中に毒ガス兵器として用いられ、この名でよばれるようになった。ほかにチオコールゴムなど有機合成材料としても用いられる。
[山本 学]
『宮田親平著『毒ガスと科学者――化学兵器はいかに造られたか』(1991・光人社)』▽『ルッツ・F・ハーバー著、佐藤正弥訳・井上尚英監修『魔性の煙霧――第一次世界大戦の毒ガス攻防戦史』(2001・原書房)』
びらん(糜爛)性の毒ガスとして知られる,塩素と硫黄を含む化合物ビス(2-クロロエチル)スルフィド(ClCH2CH2)2Sをいう。第1次世界大戦中,ベルギーのイープルYpers付近でドイツ軍が初めて使用したことからこの名がある。また,セイヨウカラシ(マスタード)のにおいを有することからマスタードガスmustard gasともいう。融点14.45℃,沸点216.8℃の液体。純粋なものは無色でにおいもない。エチレンに塩化硫黄SCl2を作用させて合成する。あるいは,エチレンオキシドと硫化水素からビス(2-ヒドロキシエチル)スルフィドをつくり,これを塩化水素で塩素化する。有機溶媒に溶け,皮革やゴムにも浸透する。遅効性の細胞毒で,皮膚に付着すると数時間後にびらんが生じる。皮膚や粘膜だけでなく,毛細管,赤血球をも侵す。一部分を他の官能基に変えた誘導体は,癌細胞への効果が期待され研究されている。
執筆者:小林 啓二
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…またイギリス,アメリカの研究協力,スウェーデンの独自研究により新しくV剤が開発された。 皮膚剤には,第1次大戦で使用されたイペリット(HD)などがある。イペリットはからし臭をもつためマスタードガスとも呼ばれ,粘膜や皮膚を糜爛(びらん)する物質であるが,上記の毒性表現法でいうと,1500mgの吸入で肺水腫を起こし死亡する。…
※「イペリット」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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