オウムガイ(読み)おうむがい(その他表記)chambered nautilus

日本大百科全書(ニッポニカ) 「オウムガイ」の意味・わかりやすい解説

オウムガイ
おうむがい / 鸚鵡貝
chambered nautilus
pearly nautilus
[学] Nautilus pompilius

軟体動物門頭足綱オウムガイ科に属する海産動物。「生きている化石」といわれる種の一つで、フィリピンを中心とした西太平洋の熱帯域に分布する。水深200メートル付近の海底近くから、トラップ(籠網(かごあみ)の一種)によって捕獲される。

[奥谷喬司]

形態

殻長20センチメートル、殻幅9センチメートルぐらいになり、同一平面上に内巻きの螺旋(らせん)状をした殻がある。殻表は白く、弱い成長線があり、光沢がある。橙褐色(とうかっしょく)の放射帯があり、周縁から中心に向かうが、周縁部のほうが幅広く、互いにつながっている。殻の巻きの中心は殻軸で、臍孔(へそあな)は開いていない。最後の層に巻き込むところには黒い色素の沈着した部分があり、このプロフィールがオウムの嘴(くちばし)を連想させるのが和名の由来である。殻内は真珠光沢が強く、内方にへこむ隔壁が30~35あり、多数の気室に分かれている。これらの気室は連室細管(れんしつさいかん)(サイファンクルsiphuncle)で通じていて、最後の動物体の入っている室を住房という。軟体のうち、外套膜(がいとうまく)に包まれた内臓塊はドーム状で、後端から連室細管が出る。背側には三角形をした堅い筋肉からなる頭巾(ずきん)があり、腹側には1枚の肉片が丸く管状に巻き込んでできた漏斗(ろうと)がある。軟体の構造は原始的で、えらが2対あるため、オウムガイ類全体が四鰓類(しさいるい)とよばれていたこともある。触手は、鞘形類(しょうけいるい)(イカ、タコ類)のように伸縮するのではなく、筋肉質の鞘(さや)に収まる。その数は雄が約60本、雌が90本ぐらいで、口を取り巻いて二重環状に配列する。吸盤がなく、筋肉質の環状筋の間に粘液を分泌する細胞があり、これで海底のほかの物に粘着する。目にレンズはなくキノコ形で、海水で満たされている。墨汁嚢(ぼくじゅうのう)はなく、顎板(がくばん)の形態も鞘形類とは異なる。

[奥谷喬司]

生態

肉食性で、海底近くを遊泳しながら甲殻類などを食べる。泳ぐときは殻口を上にし、漏斗の向きにより前進・後退する。触手はおもに餌(えさ)を探したり、それを粘着させて把握するのに用いるが、目の周囲には警戒にあたる触手があるなど、機能分化している。また、触手には化学受容能があり、このためトラップの中に餌(おもに死魚)を入れておくと、これに引き寄せられてトラップに入る。

 産卵はサンゴ礁の浅い所で行い、口の周りに二重環状に配列された触手のうち内側のものを用いて、狭いすきまに、卵嚢を産み付ける。生活史の詳細は不明の部分が多い。

[奥谷喬司]

近縁種

オウムガイ類は、地質時代区分でいう古生代カンブリア紀前期に現れ、オルドビス紀に栄え、デボン紀に及ぶとしだいに衰え、中生代三畳紀前期以後は現在に似た種類だけとなり、現生するものはオウムガイ科に属する4種のみとなった。この類の殻は、初めは直線的なものであったが、ついで角(つの)状に曲がり、しだいに巻いたものとなり、ついには現在のような内巻きとなったとされる。

 アンモナイト類もオウムガイ類に近縁であるが、古生代シルル紀前期にオウムガイ類の先祖と分かれ、中生代に栄えて絶滅した。外形はオウムガイ類と似てはいるが、隔壁が内くぼみでなく外方へ膨らみ、連室細管が隔壁中央部でなく殻の内側に沿って走る点のほか、縫合が複雑なところも異なっていて、オウムガイ類の直接の先祖ではない。

 オウムガイ類の現生種は、臍孔の開かないオウムガイとパラオオウムガイN. belauensisパラオ諸島に分布)のほか、臍孔の開いたオオベソオウムガイN. macromphalus(ニュー・カレドニア島からフィジー諸島)およびヒロベソオウムガイN. scrobiculatusニューギニア島)の4種にすぎない。

[奥谷喬司]

人間生活との関係

オウムガイ類の殻は単なる収集品だけでなく、磨いて真珠層を出した美しい加工品にされており、中世からヨーロッパの工芸品に利用されてきた。現在でもフィリピンでは収集のためや装飾用に年間何万個も捕獲され、肉は食用とされる。

[奥谷喬司]


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改訂新版 世界大百科事典 「オウムガイ」の意味・わかりやすい解説

オウムガイ (鸚鵡貝)
nautilus
chambered nautilus
Nautilus pompilius

頭足綱オウムガイ目オウムガイ科の軟体動物。殻は長径20cm,幅9cmくらいで,一見巻貝の殻のように見えるが,平巻き。殻表はつやがなく白色で滑らか,多くの赤褐色の不規則な放射状の縞模様がある。殻口に巻き込んでいる部分は黒色の膜に覆われ,これを側面から見ると,オウムの頭部のプロフィールを連想させるところからこの名がある。

 動物体は多室に分かれたらせん状の貝殻の最終の広い室にはまりこんだように存在する。殻の内面は強い真珠光沢があり,隔壁で約30に分かれた小室は気体を満たした気房となり,動物体後部から出る連室細管(サイファンクルsiphancle)によって連絡し,これが浮上,沈下に際し,各隔室中における気圧,カルメル液の容積などをコントロールすると信じられている。動物体は外からの刺激に対しては筋肉質のずきんによって殻口をふさぐ。インド洋,太平洋の熱帯海域に分布し,水深100~400m付近の海底近くにすむ。肉食で甲殻類を好んで食べる。漏斗から水を噴出して速やかに移動する。死後は気室があるため,海面に浮上し海岸に打ち上げられ,日本沿岸にも漂着する。フィリピンでは餌を入れたかごを沈めて漁獲する。肉は食用にされ,貝殻は工芸品として珍重される。オウムガイ類の眼は,二鰓(にさい)類(イカ・タコ類)のそれが,無脊椎動物中もっとも発達しているのに比し,中に海水が満たされ,レンズがないきわめて原始的構造である。また,えらは左右2対あり,四鰓類と呼ばれる。腕は,二鰓類のように伸縮せず,筋肉質のさやの中に収まる短いひげ状の触手で,口の周囲を取り巻いて二重にあり,60~90本ある。化石種は約3500種と多いのに比べ,現生種はわずかに4種で,他にパラオ諸島にパラオオウムガイN.belauensis,ニューカレドニアからフィジーにかけてオオベソオウムガイN.macromphalus,ニューギニアにヒロベソオウムガイN.scrobiculataが産する。
執筆者:

化石オウムガイ類(亜綱)Nautiloideaはほぼ75科300属3500種,オウムガイ目Nautilidaだけでも24科165属あって,古生代初期から出現し,地質時代には現在とは比べるべくもなく繁栄した。現在の種を含めて,新生代や中生代のオウムガイ類(狭義)とは異なって,古生代のオウムガイ類(広義)の仲間には,まっすぐに円錐状にのびた殻をもったり,動物の頭の角のように少しだけ曲がった殻をもったりする種類が多かった。そして,連室細管の通る位置や,その形,構造,連室細管の内部や隔室中に石灰質の沈着物があるかないかというような点が,古生代オウムガイ類の分類上,重要とみなされている。オウムガイ類の祖先はカンブリア紀後期に現れ,オルドビス紀に分化し,世界中の海で仲間が栄えたが,内部構造の分化をおもな進化方向とする単一系統樹をなすと考えられている。オウムガイ亜綱の大きい分類系統をみると,根幹をなすエレスメロケラス目Ellesmeroceratidaのほかに,連室細管や気房中に著しく沈殿物をつくり構造の複雑な殻をもったエンドケラス目(内角石類)Endoceratidaとアクチノケラス目(珠角石類)Actinoceridaがある。オルトケラス目(直角石類)Orthoceratidaも分化した。オウムガイ目の先祖バスレロケラス目(バスラ角石類)Bassleroceratidaも,早くからエレスメロケラス目より分化した。

 古生代のオウムガイ類は,浅海で形成された石灰質岩中に産することが多い。まれに垂直に立った状態でオウムガイ類の化石が発見されるが,そのような化石は水深10m以浅のところで埋められたとされている。一方,中生代のオウムガイ類は泥質堆積物中から発見されることが多いので,古生代のものより深いところに生活していたと推定される。古生代のアクチノケラス目の一つの痕化石を軟X線で調べた結果からは,腕の数は現生オウムガイよりはずっと少ないであろうと推定されている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オウムガイ」の意味・わかりやすい解説

オウムガイ

(1) Nautilus pompilius; pearly nautilus; emperor nautilus 軟体動物門頭足綱オウムガイ科。殻径 20cm,殻幅 9cm。殻は内巻きで,螺層は現れない。殻表は成長脈があるほかはなめらかで,白色地に多くの赤褐色の放射帯があるが,殻口方向へ消失する。殻に巻き込むところは黒色になっており,これがオウムを思わせるのでその名がついた。臍孔は,幼貝のときは狭く開いているが,成貝では閉じる。殻の内側は強い真珠光沢があり,隔壁で 30~35の気房に区切られているが,隔壁内のくぼみの中央にある連室細管で全体がつながっている。最後の隔壁と殻口との間の大きい部屋を住房といい,ここに軟体が入っている。
(2) Nautilidae 軟体動物門頭足綱オウムガイ科の貝の総称で,「生きている化石」といわれる。広い意味でのオウムガイ類は,古生代カンブリア紀前期に出現し,オルドビス紀に栄え,デボン紀に及んだが,その後しだいに衰え,中生代三畳紀前期以後は現生のオウムガイに似た類だけになり,今日では 3種(6種という見方もある)あるにすぎない。殻は,初めはまっすぐに高い笠形であったものが,角形に曲がり,次いで巻いた殻となり,螺層の現れない内巻きとなった。そして殻の内側に内方へくぼんだ隔壁ができて多くの気房に分かれたとされている。気房は中央にある連室細管でつながっている。軟体は原始的体制をもち,が 2対(イカタコ類では 1対)ある。また,雄は約 60本,雌は約 90本の小さな触腕をもつ。触腕には吸盤はなく,基部の鞘の中に収縮する。墨汁嚢を欠き,漏斗も完全な筒ではない。眼にはレンズがなく,ピンホールカメラのようになっている。フィリピンからオーストラリア東西両岸,太平洋の諸島などのサンゴ礁の外側に沿って分布し,水深 50~600mの海底にすんでいる。なお,アンモナイト類は,デボン紀にオウムガイ類から分かれ,中生代に栄えてその後絶滅した。

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百科事典マイペディア 「オウムガイ」の意味・わかりやすい解説

オウムガイ

頭足綱オウムガイ科の軟体動物。イカ,タコの原始的な仲間。古生代に栄えたが,現在は1属4種のみで〈生きている化石〉といわれる。殻表は白色で一部に褐色の縞(しま)模様があり,長さ20cmで側面からみるとオウムの頭部に似る。内巻の殻は多数の隔壁で区切られて気室を形成し,動物体は殻の最外部の住房にすむ。鰓(えら)は2対,足は多くていぼがない。インド洋〜太平洋の熱帯の水深100〜400m付近の海底近くにすむ。肉食でカニ,ウニ等を食う。気室にはガスを含むので,動物の死後殻は海上を漂流し,ときには日本沿岸にも流れつく。殻は装飾用で,みがいてペンダント等にも加工。英名はノーチラスnautilus。

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