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オセアニア史 オセアニアし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オセアニア史
オセアニアし

オセアニア海域の諸島に部族中心の古代文化がかなり高度に発展していた様子は,ミクロネシアポンペイ島メラネシアソロモン諸島ポリネシアイースター島などの巨石築造物(→巨石記念物イースター島遺跡群)にみられる。これらの文化はアジアおよび南アメリカ双方の影響を受けて成立したと思われるが,基本的には新石器時代に属する。人々は狩猟採集か農耕を生業としていた。この海域の世界史への登場は 15~16世紀のヨーロッパ人の地理上の発見を契機とする。その後のオセアニア史は全体として列強による探検,植民,開発,争奪,領有の歴史だった。16世紀にポルトガル,スペインが香料と黄金を求める航海の途中で太平洋上の地域を訪れ,17世紀にはオランダがジャワ島を拠点とするオランダ東インド会社により進出,17世紀末にはイギリス,フランスが競ってこの海域に進出した。イギリスのウィリアム・ダンピア,フランスのルイ=アントアーヌ・ド・ブーゲンビル,特にイギリスのジェームズ・クックの学術的探検と航海により太平洋の地理的実情が解明された。さらに 19世紀中頃からアメリカ合衆国が中国貿易,捕鯨のため同海域を航行した。資源,軍事および交通上の拠点を求める列強の進出が活発になると,その影響下で 18世紀末にはハワイ諸島のカメハメハ朝(→カメハメハ1世),タヒチ島のポマレ朝が成立したが,これらも列強の勢力下にあった。19世紀末に太平洋は列強の帝国主義的分割の舞台になり,20世紀初頭にはイギリス,フランス,アメリカ,ドイツなどの勢力圏が安定し,第1次世界大戦後にドイツの勢力圏はおもに日本に移され,その南方進出の拠点となった。第2次世界大戦後はアメリカが全面的に進出,ビキニ環礁で核実験を行なった。この海域の諸島にもナショナリズムが広まり,独立を目指す国が出現,1962年西サモア(1997サモアに改称)がニュージーランドの信託統治から独立,1963年オランダ領ニューギニアはインドネシア領に(→西イリアン問題),1968年ナウル,1970年フィジートンガがそれぞれ独立し,1975年ニューギニア島の東半分がパプアニューギニアとして独立,1978年ソロモン諸島とツバルが,1980年バヌアツがそれぞれ独立した。また世界最後の信託統治領だったパラオも 1994年にアメリカから独立した。2002年には東ティモールがインドネシアから分離独立した。

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