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オランダ貿易 オランダぼうえき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オランダ貿易
オランダぼうえき

江戸時代,主として鎖国時代における日本とオランダとの貿易。オランダ人の日本来航は,慶長5 (1600) 年4月豊後臼杵湾に漂着した『リーフデ』号に始る。その後 1602年オランダ本国で,東洋貿易諸社の合併によりオランダ東インド会社が設立され,東洋貿易はバタビヤ (ジャカルタ) 東インド政庁を中心とし,各地に商館を設置して進められた。慶長 14 (09) 年,来航したオランダ船は徳川家康から通商許可の朱印状を得て平戸に商館 (→オランダ商館 ) を開設し,本格的な対日本貿易を始め,従来のポルトガルなどの日本貿易独占を侵食した。寛永 18 (41) 年,商館は長崎の出島に移転したが,以後オランダは開国まで,鎖国時代の許されたヨーロッパ唯一の国として貿易を続けた。オランダ船はほとんど毎年ジャワ島から来航し,平戸時代から幕末までに延べ 700隻余,年平均3隻ぐらいが入港した。初めは来航数や貿易額にも制限がなく,鎖国直前には年 40万~50万ないし 100万グルデンの利益をあげるにいたったが,幕府は漸次貿易を制限し,貿易法を改め,元禄 13 (1700) 年には年4,5隻,次いで新井白石の建議に基づき,正徳5 (15) 年には貿易額を銀 3000貫目,銅輸出額を 150万斤とし,寛政2 (90) 年,松平定信のときには年1隻,貿易額は銀 700貫目,銅輸出額 60万斤に制限した。このような貿易制限は,幕府の緊縮政策と貿易決済にあてた (すなわち輸出された) 金,銀,銅の産額と蓄積の減少によるものである。ほかに樟脳,漆器,陶磁器などが輸出され,生糸を筆頭に絹織物,毛織物,綿織物,薬品,工芸品などが輸入され,19世紀に入ると辞書類や医学,兵学など,また自然科学書の輸入も増加した。同時に科学器械,銃,砲弾,火薬などももたらされ,幕末には艦船も輸入された。安政2 (1855) 年の日蘭和親条約,同5年の日蘭通商条約の成立により,従来の形態でのオランダ貿易はその使命を終えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オランダ貿易
おらんだぼうえき

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