ギンズバーグ(英語表記)Ginsberg, Allen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ギンズバーグ
Ginsberg, Allen

[生]1926.6.3. ニュージャージー,ニューアーク
[没]1997.4.5. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国の詩人。詩人で英語教師の父をもつ。コロンビア大学在学中に,ともに 1950年代の文学運動ビート・ジェネレーションを牽引することになるジャック・ケルアック,ウィリアム・S.バローズと親交を結ぶ。1948年以降,広く各地を放浪し,清掃員や市場調査員など数多くの職業に従事する。最初に刊行された詩集吠える』Howl and Other Poems(1956)は,信ずるものが「時代の良心」なるものの狂気によって破壊されることを嘆く,ウォルト・ホイットマンの影響を受けた熱狂的かつ予言的な作品で,そこには同性愛,薬物中毒,仏教,そして彼自身がいだく第2次世界大戦後のアメリカ社会に対する嫌悪感が長々とこめられている。1961年に初期の詩を集めた『うつろな鏡,初期の詩』Empty Mirror Early Poems,精神異常の母とのかかわりやその死について告白した『カディッシ』Kaddish and Other Poemsを発表。1960年代にはサンフランシスコでの自作の朗読会を通じてアメリカの若者が担うカウンターカルチャー(→サブカルチャー)の世界において教祖的存在となった。そのほかの作品に『アメリカの没落』The Fall of America: Poems of These States, 1965–1971(1972,全米図書賞),『白いかたびら』White Shroud: Poems 1980–1985(1986)などがある。

ギンズバーグ
Ginsberg, Morris

[生]1889.5.14.
[没]1970.8.31. ロンドン
イギリスの社会学者。 L.T.ホブハウスの跡を継いでイギリス社会学の主柱をなした。彼の立場は総合社会学であり,いわゆるドイツ系の形式社会学に批判的であり,人間の相互関係をその条件や結果を含めて全体的にとらえることを主張した。主著『社会学研究』 Studies in Sociology (1932) 。

ギンズバーグ
Ginsburg, Ruth Bader

[生]1933.3.15. ニューヨーク,ブルックリン
アメリカ合衆国の裁判官,弁護士。1954年コーネル大学を卒業。ハーバード大学ロースクール,コロンビア大学ロースクールで学んだ。両校で『ロー・レビュー』誌の編集委員に選ばれ,1959年にコロンビア大学ロースクールを首席で卒業。傑出した学業成績にもかかわらず,女性であることを理由に何度も就職を断られた。1959~61年地方裁判所判事の書記を務めたのち,1963~72年ラトガーズ大学ロースクール,1972~80年コロンビア大学で教鞭をとり,コロンビアでは大学初の女性終身教授となった。1970年代にアメリカ自由人権協会の女性の権利プロジェクトの責任者を務め,両性の平等を争点とする重要な訴訟 6件について連邦最高裁判所で争った。6件中 5件に勝訴し,性差別の違憲性を立証するのに貢献した。1980年ジミー・カーター大統領によって連邦控訴裁判所コロンビア特別区巡回区裁判官に任命された。1993年にはビル・クリントン大統領が連邦最高裁判所陪席裁判官に指名,史上 2人目の連邦最高裁判所の女性裁判官となった。最高裁内では,少数派の穏健リベラル派に属した。弁護士時代は,女性の権利擁護活動の草分けとして知られた。

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百科事典マイペディアの解説

ギンズバーグ

米国の詩人。猥褻文書として裁判沙汰になった詩集《吠える》(1956年)で,ビート・ジェネレーション(ビート)の代表的詩人と目される。ホイットマンの流れをくみ,予言者としての詩人を強調,〈反詩〉の方向にも傾く。《アメリカの没落》(1972年)で,1974年全米図書賞受賞。
→関連項目ケラワックスナイダー

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世界大百科事典 第2版の解説

ギンズバーグ【Allen Ginsberg】

1926‐97
アメリカの詩人。移民したロシア人を母にもつユダヤ系の詩人で,コロンビア大学を卒業後,サンフランシスコに放浪してG.スナイダーやL.ファリンゲッティたちと交わり,荒廃した世代を大胆に描いた散文的な詩集《吠える》(1956)で,一躍ビート・ジェネレーションの教祖となった。つづいて精神病院で死んだ母親ナオミのために感動的な鎮魂歌《カディッシ》(1960)を書く。幻想的な体験をもとめて麻薬を試み,1961年にはインドに赴いて修行したりしている。

ギンズバーグ【Morris Ginsberg】

1889‐1970
イギリスの社会学者。ロンドン大学でL.T.ホブハウスの教えをうけ,1914年ロンドン大学の哲学講師,29年師ホブハウスの没後に社会学教授,54年名誉教授となる。イギリス社会学会会長,国際社会学会連合副会長もつとめた。彼は社会を統合的にとらえることをめざし,人間的相互作用,相互関係を,社会における人間の全生活を対象として把握しようとした。そのために心理学的立場から実証性を重んじ,比較と計測化を強調し,歴史的事実を抑えることを提示した。

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大辞林 第三版の解説

ギンズバーグ【Allen Ginsberg】

1926~1997) アメリカの詩人。現代社会の悲惨を歌った長詩「吠える」でビート世代の代表的存在となり、東洋の神秘主義の影響を受け「カディシュ」「アメリカの没落」などを発表。

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367日誕生日大事典の解説

ギンズバーグ

生年月日:1889年5月14日
イギリスの社会学者
1970年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内のギンズバーグの言及

【スナイダー】より

…サンフランシスコ生れ。アレン・ギンズバーグとともに,いわゆるビート運動(ビート・ジェネレーション),およびそのライフスタイルの教祖的存在である。1956年から日本で臨済禅を合計8年近くも修行,ほかに真言密教,ヒンドゥー教,アメリカ・インディアンの神話にも通じ,影響を受けている。…

【ヒッピー】より

…語源的には1950年代に流行した〈ヒップスターhipster〉に由来し,当初は〈現代感覚に敏感な者〉〈本当のフィーリングをもった者〉といった意味であった。A.ギンズバーグが《吠える》(1956)の冒頭で〈天使の頭をしたヒップスターたち〉とうたい,またノーマン・メーラーが《ぼく自身のための広告》(1959)の中でヒップスターについて詳しく論じたときには,ヒップスターはすでにヒッピーに近い意味をもちはじめていた。メーラーによると,ヒップスターはビートニクbeatnik(ビート・ジェネレーション)と不可分の関係にあり,前者は下層階級からの,後者は中産階級からの〈はみ出し者〉を意味する。…

※「ギンズバーグ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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