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クロンプトン Samuel Crompton

百科事典マイペディアの解説

クロンプトン

英国の発明家。紡績工をしていたが20歳ごろから紡績機械の製作に当たり,1779年細い均質な糸のできる機械を発明。これはアークライトの水力紡績機とハーグリーブズのジェニー機の特長を組み合わせたようなものなので,ミュール(ラバ)機と呼ばれた。
→関連項目産業革命

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世界大百科事典 第2版の解説

クロンプトン【Samuel Crompton】

1753‐1827
イギリスの発明家。ランカシャーの紡織工で1779年ミュール紡績機械を発明。1770年代には,R.アークライトのウォーター・フレーム(水力紡績機)による経糸(たていと)とJ.ハーグリーブズのジェニー紡績機による緯糸(よこいと)とを用いて薄手の綿布がつくられたが,薄手化の傾向は強まり細番手の糸がさらに求められた。当時の紡績機械では張力に細い糸が耐えられず切れてしまうため紡ぐことができず,長繊維を用い少数の紡織工の手作業によって製造していた。

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大辞林 第三版の解説

クロンプトン【Samuel Crompton】

1753~1827) イギリスの発明家。ハーグリーブス・アークライト両者の紡績機の長所をとり入れたミュール紡績機を発明し、細く良質な糸の生産を可能にした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クロンプトン
くろんぷとん
Samuel Crompton
(1753―1827)

イギリス産業革命期の発明家。ミュールmule紡績機の発明で知られる。ランカシャーのボールトン郊外の農家に生まれる。幼時期に父と死別したため早くから織布工として生計をたて、原料糸の自給のためジェニー紡績機を使用したことから、1772年以降その改良を志す。1779年、水力紡績機のローラーによる粗糸引伸しの機構とジェニー紡績機の紡錘による撚(よ)りかけの原理を組み合わせた紡績機を考案した。この機械はジェニーと同じく、撚りかけと巻き取りが交互になされ、その操作と構造は水力紡績機よりも複雑だったが、経(たて)糸、緯(よこ)糸のいずれも生産が可能で、しかも細糸が生産できる点でそれら両機種より優れており、急速に普及した。ミュール(ラバ。ウマとロバの混血)の名は、両機種の特徴を兼ね備えていることに由来する。当初、ミュールは手動であったが、その後動力化が試みられ、1830年、発明家ロバーツにより自動ミュール紡績機として完成され、19世紀末までイギリス綿工業の主力機種となった。しかしクロンプトン自身は、1780年に特許をとることなくミュールを公開したため、この発明によってほとんど得るところがなく、1812年国会によりわずか5000ポンドの一時金を与えられただけであった。経営の才に恵まれなかったため、彼自身の事業は失敗し、失意のうちにボールトンで没した。[水野五郎]

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